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「あの日バースは半歩離れて打席に立った」江川卓が語るランディ・バースの“異変” 伝説の7戦連続本塁打はこうして生まれた「勝負できた満足感はあった」
posted2025/05/15 11:02
阪神優勝の翌年、86年のバースは打率.389、109打点、47本塁打の成績を残した
text by

長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph by
Bungeishunju
発売中のNumber1118・1119号に掲載の《[証言構成]ランディ・バース「エースが、最強を育てた」江川卓/遠藤一彦/尾花高夫》より内容を一部抜粋してお届けします。
江川が感じたバースの「異変」
その瞬間、マウンド上の江川卓は「異変」を察知した。捕手の有田修三が気づいたのかどうかはわからない。けれども、江川は確かにいつもとは違う「それ」をその目で確認した。
18.44m先では6試合連続ホームランを記録中のランディ・バースがバットを構え、静かにこちらを見据えている。この日の第1、2打席は連続ヒットを記録したものの、続く第3、4打席は凡打に終わっていた。プロ野球タイ記録となる7試合連続ホームランを放つには、8回表に訪れたこの第5打席しかなかった。
江川がここまで投じた球数は130球になろうとしていた。カウントは0ボール1ストライク。このとき、江川の瞳には普段とは異なる光景が映っていたという。
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1986年6月26日、後楽園球場での出来事を本人が振り返る。
打席での意思表示
「あの日の第5打席、バースは確かにいつもよりホームベースから半歩離れて打席に立ちました。それまで何年も対戦してきましたから、私にはすぐにわかりました。それまでの4打席は普段通りだったのに、あの打席だけは確かに半歩離れて打席に立っていました……」
普段と異なるバースの姿を見て、江川は「あぁ、本当にホームランを打ちたいんだな」と理解した。同時に「もうそれだけで十分だ」と思ったという。
いったい何が「十分」だったのか。
「私たちの勝負にとって、それはとても大きな意味を持つ出来事でした。彼はホームランを打つために、普段とは違うアプローチを試みたんですから」
江川は多くを語らない。どんな場面であろうと己を信じ、悠然と構えていればいい。そんな美学を持っていた江川にとって「7試合連続ホームラン」という大記録を前になりふり構わぬ意欲を見せたバースの姿は、「もう、それだけで十分だ」と感じさせる重大事だった。

