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「あの日バースは半歩離れて打席に立った」江川卓が語るランディ・バースの“異変” 伝説の7戦連続本塁打はこうして生まれた「勝負できた満足感はあった」
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長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byBungeishunju
posted2025/05/15 11:02

阪神優勝の翌年、86年のバースは打率.389、109打点、47本塁打の成績を残した
「半歩分ベースから離れたということは普段通りにインコースを投げても、それは真ん中のボールになってしまう。あるいは離れて立っているバースのインコースを攻めても、判定はボールとなってしまう。ならば、あえていつも通りのコースを狙おう。あのとき私は、マウンドの上でそんなことを考えていました」
ベースから離れて立っている分、アウトコースは普段よりも遠くに感じられるはずだ。普通に考えれば、バットが届きづらいアウトコースに投じれば、空振りや凡打の確率は高まるはずだ。
「もちろん、その通りです。でも、アウトコースに投げるつもりはまったくありませんでした。普段と同じコースで勝負しようというのが私の考えでした」
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変えたバースと、変わらぬ江川――。
こうして投じられた2球目。バースがバットを一閃すると、打球はあっという間にライトスタンドのはるか彼方、場外に消えていった。当時ジャイアンツを率いていた王貞治が1972年に記録した7試合連続ホームランに並ぶ大記録達成の瞬間だった。
一流同士の真っ向勝負
「打たれた瞬間、『見事に打つなぁ』と思いました。でも、『悔しい』という感情はなかった。もちろん、王さんの記録に並んでしまったということは知っていました。打たれてしまったので決して満足だったわけではないけど、勝負できたことへの満足感はあった。変な言い方ですけど、決して満足な結果ではないのに満足だった。それがあのときの率直な思いでした」
真っ向勝負を挑む江川と、結果を残すために、あえて打席での立ち位置を変え、適応力を見せたバース。両者の対決は'80年代プロ野球を象徴する名勝負だった。
'83年から'88年にかけて、阪神の主砲として、バースはセ・リーグの投手たちを相手に猛威を振るった。「3番・バース、4番・掛布雅之、5番・岡田彰布」の破壊力は群を抜いていた。'85年、'86年と2年連続三冠王を獲得したバースに対して、江川をはじめとするセ・リーグの各エースたちは全力を挙げて「打倒バース」に挑んだ。あるときには抑え、あるときには手痛い一発を食らいながら、激しい激突が連日連夜にわたって繰り広げられていた。

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