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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「日本では稼げない、相手もいない」看護師ボクサー30歳でプロ転向の舞台裏…古びたジムで“昭和の名ボクサー”と目指す10億円のファイトマネー
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byWataru Sato
posted2024/12/30 11:05
看護師を続けながら、プロボクサーに転向した津端ありさ(31歳)
ジムで誰より目立っていたスキンヘッドの大柄な男性は、日本ミドル級王座を5度防衛した元チャンピオンだという。1980年代に人気を博した『浪速のロッキー』、赤井英和を倒した男としても知られる大和田正春だった。1993年生まれの津端は最初、名前を聞かされてもピンとこなかった。驚いたのは後日、スマートフォンで古い映像を見てからだ。
「所沢のフィットネスジムでトレッドミルを走りながら、赤井戦を動画でチェックしたんです。気づけば、1ラウンドからKO勝ちする7ラウンドまで見入ってしまいました。普通に面白かったです。いまの大和田さんの見た目から勝手にファイターだと思っていたのですが、全然違うんですね。足を使って、距離を取るのがすごくうまい。パンチも多彩で、あらゆる角度から打っていました。自分の理想とするボクシングに近いなって。あの試合を見て、『大和田さんに教えてもらいたい』と思いました」
「今度、ミットを持たせてよ」
多寿満ジムに通い始めて、まだ間もない頃だった。新しい環境に慣れない津端が一人で練習していると、大和田トレーナーにふいに話し掛けられた。
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「『今度、ミットを持たせてよ』と言ってもらったんです。私から『教えてください』と言いづらくて。でも、それ以降は毎週のように持ってもらうようになりました」
大和田は今も昔もメッキ工の仕事を続けており、ジムに顔を出せるのは金曜日、土曜日の週2回のみ。それでも、津端は顔を綻ばせる。まずシャドーの動きを見てもらい、その後にミット打ちが始まるという。時折、大和田の「そんなんじゃダメだ」という大きな声も飛び、ジム内にはピリッとした空気が漂う。1日2時間の練習は充実しているようだ。
「金曜日、土曜日は心臓が止まりそうになるくらいしんどいです。大和田さんのミットは、強度が高くて。できることなら週5回、持ってほしいのですが、週2回でもうれしいです」
津端にとって、大和田トレーナーのアドバイスはどれもこれも新鮮だった。スタンス、重心、足の動かし方など、丁寧な指導を受けている。力み過ぎていた点も指摘され、無駄な力を使わずに打てるようになった。「アリサはパンチがあるんだから、強く打たなくても相手は倒れるから。チョンでいいんだよ」と助言され、パンチスピードも上がった。細かい技術的な指導を挙げれば切りがない。
「良い意味で自信を持って、ボクシングできるようになってきました。私はただただ勝ちたいんです。勝って、自信をつけたい。だから、その日持っている力をすべて出します。強くなるための過程を大事にしないと」