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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「日本では稼げない、相手もいない」看護師ボクサー30歳でプロ転向の舞台裏…古びたジムで“昭和の名ボクサー”と目指す10億円のファイトマネー
posted2024/12/30 11:05
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
Wataru Sato
1年前の冬だった。凍てつく寒さの2月、アマチュアボクシングからプロ転向を考えていた津端ありさは、狭山市内の小道であ然とした。
プロ入りを勧めてくれた地元のボクシング関係者に最初に連れて行かれたのが、狭山市駅から徒歩7分の多寿満ジム。一見すると、住宅街に佇む小さな町工場である。砂利の駐車場には年季の入った1台の軽ワゴンが停まり、1階は雑然とした物置場。日が沈みかけた夕方だったこともあり、周辺はすでに暗くなっていた。
わずかな照明を頼りに恐る恐る鉄の螺旋階段を上がり、2階の扉を開けると、思わず声が出てしまった。
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「『うわ』って。ここはすごいなと。第一印象はボロい(笑)。確かにサンドバッグもあるし、リングも一つありましたけど……」
40年以上続くジムに足を一歩踏み入れると、体はぶるっと震えた。寒かったのだ。底冷えして、着ていたダウンジャケットも脱げなかったほどだ。練習をしていた一般会員がサンドバッグを強く叩けばジムは揺れ、縄跳びを跳べばまた揺れた。
「正直、やばいところに来たな、と思いました」
「更衣室もキレイとは言えないけど…」
衝撃のジム見学を終えたあと、しばらく考えた。アマチュア時代のボクシング関係者には都心の大手ジムへの入門を勧められて足を運んだこともあったが、そちらも気が進まなかった。
「トップアマは別かもしれないですが、客観的に見ても自分は強くないんで。実績もありませんから。アマチュアの戦績は、不戦勝をのぞけば、3勝6敗。大手ジムに行けるほどではないなって」
一度心を落ち着けて、プロキャリアをスタートさせる場所を選んだ。生まれ育ってきた狭山市への愛着もある。ジムの規模も叩き上げの津端には合っていた。79歳になる田島柾孝会長はボクシング熱にあふれ、いつも元気な声を出して、アットホームな雰囲気をつくり出している。
「自分にはマイペースに練習できるジムが向いていると思いました。多寿満ジムは更衣室などもきれいとは言えないのですが、そこは我慢しようと」
そして、何よりもトレーナーの存在が大きかった。