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球体とリズムBACK NUMBER
「ミランのホンダに憧れたよ。今はクボを」パレスチナ代表MFが心から示す“日本サッカーへの敬愛”「ナデシコも…僕らと同じ心境だったのかも」
posted2024/12/07 11:01
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
Kiichi Matsumoto
6年前の対戦…印象に残った“4番・板倉と10番・三好”
モハメド・ラシドは16歳の時、出身地ヨルダン川西岸地区を離れ、アメリカはシカゴ郊外に留学した。当初は勉学を進める予定だったが、学校でサッカーをしている時に能力を認められ、奨学金をもらってプレーできるようになった。その時、パレスチナでは考えもしなかった可能性に気づいたという。
「パレスチナではフットボールを自分の仕事にできるなんて、思いも寄らなかった。環境はまったく整っていないし、ユース時代に他の街へ遠征に行くだけでも大変だった。至るところに検問があって、キックオフに間に合わなくなることもしょっちゅうあったよ。
でもアメリカで、フットボールを含めたスポーツへの取り組みや環境の素晴らしさを知り、それがプロのキャリアになりうることがわかった。そんな時に奨学金を受け始め、2017年からパレスチナU-23代表に選ばれるようになったんだ」
U-23アジアカップの予選を首位通過し、翌2018年に中国で開催された本大会の初戦では日本と対戦。自身にとって初の国際大会での最初の試合のことを、ラシドは鮮明に覚えている。
「自分のキャリアで初の国際大会の初戦だったこともあって、昨日のことのようにはっきりと覚えているよ」と、彼は嬉しそうに話す。やはりフットボーラーには、戦争や政治より、このスポーツの話をしてもらうほうがいい。
「日本が強いとは想像していたけど、チームとしての組織力がまるで違った。10年くらい一緒にプレーしている選手たちで構成されているような相手だった。前半は完全にペースを握られ、センターバックの4番の選手(板倉滉)にゴールを決められてしまった。でも僕らも後半に盛り返し、チャンスもつくったが決められず、そのまま負けたんだ。
特に印象に残っている選手は、とても落ち着いていた4番と、近くで対峙した10番(三好康児)。常に素早く正確に動く選手で、すごく手を焼いたことを覚えている」
ミランのホンダに憧れ、ソシエダの14番も…
中盤で守備的な役割を担うラシドは、そのようなタイプのアタッカーを止めなければならないが、自分にはないものを持つ選手には羨望もあるようだ。