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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「全国放送もあるんだぞ!」ヤクルト2位指名ドラフト裏側に密着…モイセエフ・ニキータを“高校屈指のスラッガー”に育てたロシア出身の父の言葉
text by
曹宇鉉Uhyon Cho
photograph byNumberWeb
posted2024/10/28 17:40
ヤクルトから2位指名を受けたモイセエフ・ニキータ(ドラフト前日に撮影)
「入学した時点でそう話す選手は多いんですけど、実際にプロ注目の選手と対戦したり、レベルの高い野球を経験すると、いつのまにか目標が変わっているものなんです。でもニキータは、絶対にプロになってやる、という気持ちの強さがすごかった。一切ブレなかったですね」
非凡なバッティングセンスを持っていたが、1年時はやはりパワー不足が目についた。「本当にプロになりたいのなら、2年の春までに80kgに持っていこう」。新チームが発足した秋、長谷川監督の増量指令にモイセエフは全力の「食トレ」で応えた。大量の白米をかきこみ、プロテインを飲んではフィジカルを鍛え上げる毎日。80kgを超えて迎えた2年春の東海大会で、公式戦初ホームランを放った。岡崎市民球場の芝生席中段に突き刺さるサヨナラホームランだった。
増量はなおも継続し、高校入学時点から約20kgも体重が増えた。それでいて、現在の体脂肪率は9%。隆起した大胸筋や上腕の迫力はプロにも見劣りしない。
「食事を詰めこむのはキツかったといえばキツかったですけど、プロになるのが目標なので。体作りは絶対に必要なこと。体が大きくなったことで結果もついてきて、高卒でプロになれるかも、と現実的に思えるようになりました」
「人間的に非の打ち所がない」監督の証言
ストイックに研鑽を続けるモイセエフにチームメイトたちも感化された。2年秋の東海大会、センバツ出場がかかった宇治山田商(三重)との準決勝。2点ビハインドの9回裏、7番からの打順だったが「ニキータまで回せば、なんとかなる」。必死につないで1点差に迫り、2アウト一・三塁で3番のモイセエフがライト前に同点タイムリーを放つ。こうなると勢いは止まらない。4番の中村丈も続き、劇的なサヨナラ勝ちを収めた。本人が「高校で一番うれしい思い出」と語り、長谷川監督も「ニキータの人間性を象徴していた」と振り返る試合だ。
「野球の実力ももちろんですけど、『あいつならどうにかしてくれる』と感じさせるものがある。それは彼の日々の取り組みを周りが見ているからだと思います。先輩からも、後輩からも、同級生からもリスペクトされる。人間的には非の打ち所がないです」
自身を「昭和っぽい指導者」だと表現する平成生まれの長谷川監督だが、モイセエフに厳しい指導は必要なかった。「練習しろ、そんなんじゃダメだ、と言うまでもなく、ニキータは自分でちゃんとやる」。プロという目標に向かって、まっすぐに突き進む芯の強さがあった。
きっかけになった「ロシア出身の父の言葉」
明治神宮大会の星稜戦でホームランを放ち、センバツでも阿南光の吉岡暖(DeNA育成2位)から「低反発バット第1号」を甲子園のライトスタンドに叩き込んだ。大舞台で活躍しプロ注目の存在となったが、長谷川監督には複雑な思いもあった。
「すごくいい大学から声をかけていただいて、僕としてはそっちの道もあるんじゃないかって思うこともありました。大学で成長して4年後のドラフトという選択肢もあるし、もし野球がダメでも就職で苦労することはないでしょうし……。でも、『高卒でプロに行けるなら行きたい』という本人の意志が強かったですね」
決断を後押ししたのは父セルゲイさんだった。進路についての話し合いのなかで、セルゲイさんはこう話したという。