プロ野球PRESSBACK NUMBER

「自分が投げる前に終わってほしい」日本シリーズ“完全試合”のウラで中日エース川上憲伸が抱えていた葛藤…敗因を聞かれ「反省しろってことですか?」
 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2024/10/14 11:01

「自分が投げる前に終わってほしい」日本シリーズ“完全試合”のウラで中日エース川上憲伸が抱えていた葛藤…敗因を聞かれ「反省しろってことですか?」<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

2007年日本シリーズ第6戦で先発予定だった中日のエース川上憲伸。第5戦の完全試合継投により登板機会は訪れなかったが、この試合をどう見ていたのか

〈もちろんやりがいはあります。ただ、ピッチャーとしては同じバッターに何度も投げていると投げる球がなくなってくる。粘られるようになって自然と球数も増える。それに阪神なんかはJFKといって6回以降に良い投手を置いていたので、先にリードされると自分に負けがついてしまう。チームが勝つために投げるんですけど、プロ野球は個人成績をもとに査定されて年俸が決まるので、勝ち星も求めていかないといけない。その辺りのジレンマはずっとありました〉

 組織と個人、責任と重圧の間で揺れる川上の内面が外部に吐露されたのはペナントレース終盤のことだった。川上はその夜も優勝を占うゲームを任され、1点差で敗れた。 先発投手としての責任は果たしたが、勝負には負けたーーそんな試合だった。

 ゲーム後、着替えを済ませた川上がナゴヤドームの駐車場に出ると担当記者たちが待っていた。足を止める。囲みによる質疑応答が始まる。その中で記者の一人が言った。

「きょうの敗因は?」

 その記者は1対1の同点から勝ち越された2点目について問うているようだった。なぜ、打たれたのか。なぜ2点目を失ったのか。

 その瞬間、心の(せき)に亀裂が入るのが分かった。

「それ、反省しろっていうことですか? もし、うちが3点取って1点差で試合に勝っていたら、勝因は? って訊くんですか?」

「もし、あの1点を反省しろというなら…」

 川上の言葉に囲みの輪が静まり返る。怪訝そうな顔の記者たちを前に川上は言葉を絞り出した。

「もし、あの1点を反省しろというなら......それをやり始めたら、僕はもう次、怖くて投げられなくなってしまいます」

 それは毎シーズン優勝争いをするチームの中で、最も重たいゲームを託され、勝利を求められてきたエースの心の叫びであった。

  ーーシリーズ第5戦は1対0のまま半ばを過ぎ、6回に入っていた。ロッカールームには他に誰もいなかった。静けさの中、川上はテレビの中継画面を見つめていた。山井の快投は続いていたが、先の予測がつかない点差だった。祈りにも似た願望と責任感が せめぎ合う。やがて川上は擦り切れた心を奮い立たせるようにキャリーバッグに荷物を詰め始めた。やってくるかどうかわからない第6戦に向けての準備を始めた。

<続く>

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著/文藝春秋)*書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著/文春文庫)*書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
#3に続く
「どうだ?」「そろそろだと」完全投球の山井大介がなぜ…日本シリーズ“完全試合”の舞台裏「最後のマウンドに立つのは…」捕手・谷繁元信の結論

関連記事

BACK 1 2 3
#落合博満
#中日ドラゴンズ
#山井大介
#岩瀬仁紀
#川上憲伸
#ダルビッシュ有
#北海道日本ハムファイターズ

プロ野球の前後の記事

ページトップ