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「お前、ひとりか?」落合博満が自宅前で記者に放った“問い”「俺はひとりで来る奴にはしゃべるよ」落合はなぜ、わざわざ波風を立てるのか?
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2024/10/12 11:01
中日ドラゴンズの監督を8年間務め日本シリーズに5度進出、2007年には日本一にも輝いた落合博満
門扉から姿を現した落合は、突然の訪問者に驚くふうでもなく、私を見るなり、まず訊いてきた。
「お前、ひとりか?」
落合は私の返答を待たず、自ら辺りを見渡して他に誰もいないことを確認すると、後部座席に乗り込んだ。そして、私に向かって反対側のドアを指さした。「乗れーー」
車は静かに動き出した。落合はシートにゆったりと身を沈めたまま言った。
「俺はひとりで来る奴には喋るよ」
「別に嫌われたっていいさ」
私の隣にいるのは、会見室やグラウンドで見る、心に閂をかけた落合ではなかった。感情のある言葉を吐く、ひとりの人間であるような気がした。
だからだろうか、私は自然に最初の問いを発することができた。
「なぜ、自分の考えを世間に説明しようとしないのですか?」
落合は少し質問の意味を考えるような表情をして、やがて小さく笑った。
「俺が何か言ったら、叩かれるんだ。まあ言わなくても同じだけどな。どっちにしても叩かれるなら、何にも言わない方がいいだろ?」
落合は理解されることへの諦めを漂わせていた。メディアにサービスをしない姿勢は世に知れ渡っていた。
私には活字として日々の紙面に載る「無言」の二文字が、落合の無機質なイメージを助長し、反感を生み、敵を増やしているように見えた。そう伝えると、落合はにやりとした。
「別に嫌われたっていいさ。俺のことを何か言う奴がいたとしても、俺はそいつのことを知らないんだ」
言葉の悲しさとは裏腹に、さも愉快そうにそう笑うと、窓の外へ視線をうつした。
本音なのか、虚勢を張っているのか、私には判断がつかなかった。
そもそも、自ら孤立しようとする人間など、いるのだろうか。
車はやがて細い住宅街の路地から、片側三車線の環八通りに出た。沈黙の車内にはタイヤがアスファルトに擦れる音だけが響いていた。
私はゴクリと生唾を飲み込むようにして、その沈黙を破った。
<続く>