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プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
「猪木が秘書になってくれと言っている」燃える闘魂がホレた“福岡の老舗”とは?「後追いしそうに…アントニオ猪木がすべてなので」店主が語る猪木愛
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2024/10/01 11:01
アントニオ猪木が書いた「藤よし」の看板の前で笑顔を見せる「サダさん」こと店主の早川禎行さん
「猪木さんはまったく仕事抜きで来ることがありました。猪木会長とズッコさんを空港から車に乗せました。田んぼの中を走っていたら、民家が数軒しかないところで、ズッコさんが『そこで止めて』って言うんです。その家の前で、ズッコさんが『ヤッホー』と叫ぶと、中から男の人が出てきました。実家だったんです。中でお茶をいただきました。田鶴子の田は田んぼの田だったんですね。柳川の写真学校に通っていたようです。ズッコさんって、福岡県の人だったんですよ。五木寛之のベストセラー小説『青春の門』の舞台になっている筑豊という炭鉱町。その田川という所の生まれなんです。じつは、うちの嫁も田川なんです。(田川の中の地名で)香春(かわら)って言ったらズッコさんが驚いたようににっこりしていました。同郷だったんです。それもあってか、嫁をかわいがってくれた」
「アホみたいな飲み会があると、ズッコさんがご指名でうちの嫁さんを呼ぶんですよ。田川は田舎で、博多から車で1時間半くらいかかります。ズッコさんは昔の友達に会いに行き、猪木さんは香春にある柿下温泉に行く。ラドン濃度の高い有名なラドン温泉です」
「まだオレのサインが欲しいのか?」
そんな話を聞いている間、カウンターの向かい側ではベテランの職人が焼き鳥を焼いている。
「彼はうちで一番古い。19歳から45歳まで焼き鳥一筋。まあ、言ってみれば極道ですよ。焼き鳥に関しては極めている。レスラーなら木村健吾か藤原喜明みたいな男なんです。焼き鳥を焼くためにこの店に来たんです。寡黙ないい男ですよ」
オクタン、ベンテン、ダルム、ペタ……。東京ではなじみのない名前の「焼き鳥」がいい色に焼かれている。
「私も焼くときはあります。前の店では一人だったので全部やっていました。ここに帰ってきてからはできる人間がいるので。猪木会長はベンテンとカシワが好きでした。それから刺身ですね。冬はフグですけど、カワハギは10カ月ありますから」
店には猪木のサイン入りのものがいくつか飾ってある。
「これにサインいただきたいなあ、とは思うのですが、なかなか言い出しにくくて。『なんかねえのか? まだオレのサインが欲しいのか? ダメだ』って。それから、わかった、わかった、とポケットから太いマジックを取り出すんです。爺さんの遺言で『字と恥はかくな!』って言われてんだ、って付け加えて」