森合　仕事で本当負け続けている。人生でも、そんなに人に誇れるようなこともないですし。だからエルナンデスは、自分が本当感情移入した取材対象ではありますね。

鈴木　酒浸りになったことも書かれていましたね

森合　だから、気持ちわかると言ったらエルナンデスに失礼ですけど、もし自分もそういう立場だったらそうなりかねないと思いましたね。

鈴木　本にする上で、技術的なことでお伺いしたかったのは、 対戦した選手がたくさん出てくるんですけど、この選手がいたから成立した、この選手がいなければ成立しなかったかもしれない選手っていますか？

森合　それは第一章の佐野さんですね。本にも書いていますけど、最初取材に行く時に、取材をお願いしておきながら行っていいのかなと。負けた試合の話を聞いていいのかという躊躇がすごかったんですよ。けど佐野さんと会ってどんどん話していくうちに、負けた人にも同じぐらいのストーリーがある。自分が書かなかったら、このストーリーは表に出ない。佐野さんがスタートじゃなかったら、本になってない。取材を続けていなかったかもしれない。佐野さんが１回目、全部は話してくれなかったですけど、ある程度話してくれたことで、この取材を続けていいんだなと思わせてくれたので。

鈴木　すごく負けた人への配慮を感じますけど、そこに一歩踏み込んでいいんだと、壁を取っ払ってくれた人。

森合　かもしれないですね。いや、かもしれないじゃなくて間違いなくそうですね。

ドネアに取材を断られ「ほっとした」

鈴木　ボクシングの敗北って重たいじゃないですか。野球は軽いわけじゃないですけど、毎日試合があって、次の日取り返すことができます。ボクシングの、しかもタイトルマッチは一生に1回の世界。ただ負けた人たちが、結構鮮明に試合中の描写を覚えている。この中で唯一語らなかった人、ドネア選手。ドネア選手はあれだけのビッグネームですけど、語らない人を意図的に入れた？

森合　全てを言いますと、講談社の編集者さんが、「ドネアは必ず入れてください」と言ってきたんすよ。私、本当に嫌なこと言うなと思って。だって一番話してくれそうもないし、一番行きづらいじゃないですか、ビッグネームで。けど「どうしても入れてください」と。「世間の皆さんが知ってる試合はあの試合です。あの試合を欠かすことはできないです」と言ってきたので、仕方なくドネア陣営にコンタクトを取り……。だから、ドネアから取材を断られたときは私、ホッとしました。これで聞かなくていいんだと。だけど章としては成立させなければいけないので、ドネア陣営にいる唯一の日本人である通訳さんにコンタクトを取って、話としては成立させたんです。ドネアは「ロスに来てもいいよ。取材は受けるよ。ただ、井上のことは話さないよ」という返答だったんです。私は、これはドネアがまだ現役を続ける、井上を標的にしてるっていうことなんだなと捉えて、いろんな意味で嬉しかったですね。

ドネアは井上尚弥と2度目の対戦で2ラウンドKO負けを喫した　©︎Takuya Sugiyama

負けたことを聞くのは「傷をえぐる行為」

鈴木　読み手としては、これがすごい効いてる。みんな、ある程度、井上戦を何とか消化して、振り振り返ることができているけど、やっぱり重さとか痛みみたいものを、ここで最後、ドネア選手で突き付けられる。

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