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「スクープとったことない」「ダメな記者」森合正範はなぜ『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』を書いたのか? 大宅賞作家・鈴木忠平が迫る!
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byWataru Sato
posted2024/10/10 17:00
『怪物に出会った日 井上尚弥と戦うということ』の著者・森合正範氏に大宅賞作家・鈴木忠平氏がインタビューした
森合 やっぱり自分はグイグイいけない。短時間で、懐に飛び込んでいく勇気がない。時間をかけて人と信頼関係を築くことは、多少できるのかなと思うんですけど、やっぱり飛び込むことができなかったり。ちょっと怖いんですよね、取材相手が。野球は、独特じゃないですか。
鈴木 強面の人が多いという意味ではボクシング界の方が多いと思いますけど(笑)、野球界は独特の閉鎖性があるかもしれないですね。
森合 「書いちゃ駄目だよ」っていうことを素直に書かなかった。その後のことを想像すると書けなかった。いくじのない記者だったと思いますね。
取材には「自費で行きたい」
鈴木 取材対象への緊張感とか恐怖感を本に書かれていて、井上選手をインタビューする前とか。あと南米に取材に行かれるじゃないですか。井上選手と戦ったボクサーがいて、彼らに聞かないと始まらない。あそこに飛び込んでいくというのは、そういう性格の記者だったら、胃が痛くなる?
森合 ありました。本にするというのが決まってから行くことにしたんです。やっぱり書籍にするからにはスペシャルなことがないといけないかなという。(版元の)講談社さんもある程度サポートしてくれるというお話だったんですけど、 お断りして自費で行きたい。いや、だってもう、成果を取って帰ってこれる自信がないので。それだったら、申し訳ないじゃないですか。余計自分にプレッシャーかかる。だから「自費で行きます」。
鈴木 背負いたくない?
森合 背負いたくない。
鈴木 それ、いい人過ぎますよ(笑)。
森合 自信がないので。自分のお金でいけば「ダメでした」とも言えるし。
鈴木 これ、ご自身のお金で行ったんですか?
森合 妻と相談して、娘の学資保険を解約して。講談社さんの名誉のために言うと、「ある程度サポートしますよ」と言ってくれたんです。自分が自信がないのでそうすると。取材して成果があったので、その後、サポートしていただきました。
佐野さんがスタートでなければ…
鈴木 今のお話をうかがって、例えば南米で出会った第三章のエルナンデス選手。インタビューの時の描写で、机をずっとコンコンと指で叩いている。それは彼の痛みであり、敗戦を消化しきれないことがわかる。あれを描写できるというのは、森合さんの負けた人への眼差しというか、やっぱり取材対象への繊細な接近の仕方がないと。ああいうところって、せっかちでイライラしてるのかなと受け取る人も多分いるだろうし。あの描写は、この筆者は本当に負けた人の心情をすごくよくわかっていると伝わってくる。