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「僕の仕事はゴキブリ駆除でした」総合馬術銅“初老ジャパン”の最年長、大岩義明48歳の運命を変えたのは…「初老」の相棒との奇跡の出会い 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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posted2024/09/01 11:03

「僕の仕事はゴキブリ駆除でした」総合馬術銅“初老ジャパン”の最年長、大岩義明48歳の運命を変えたのは…「初老」の相棒との奇跡の出会い<Number Web> photograph by AFLO

パリ五輪、障害を飛ぶ大岩義明とグラフトンストリート

「厩舎を掃除したり、馬たちに餌をあげたりして世話をするのが仕事。英語もほとんどしゃべれませんでしたから、昼間は働いて夜間の語学学校にも通って勉強しました。将来どうなるか分からなかったので、植物を育てるアルバイトも掛け持ちして、ガーデンデザインの学校にも行って資格をとる勉強もしました。だからよく植物に話しかけてましたよ。『お前デカなったなー』とかね。そんな日々でした……」

 アルバイト先の厩舎で預かっている馬を運動させるため、自ら騎乗して技術を磨く。働き、学びながらも必死に過ごす毎日。そのうち1頭のイギリス人オーナーから声がかかった。

「自分が来ない月曜日から金曜日まで、僕に乗ってくれ、と。その次は、今度うちの馬で試合に出てもいいよ、と。そんな感じで少しずつ試合に出ていくきっかけが出来てきました」

“初老”の馬との出会い

 イギリスを拠点に少しずつ欧州の大会に出場し始めていた03年、大岩のもとに吉報が届く。日本中央競馬会(JRA)の選手が欧州から帰国するにあたり、保有していた3頭の馬のうち1頭が検疫の関係から海を渡ることができなくなったというのだ。

「ヨーロッパでこの馬に乗りたい選手がいるか、という連絡があって、僕は当然乗りたいです、と手を挙げました。ちょうど翌年のアテネ五輪に向けた予選があって、僕がその馬に乗ればチームが組めるという可能性があったんです。そこで大岩を乗せよう、と。運が良かった。あのきっかけがなければ、今の自分はなかったかもしれないですね」

 無償で手に入れた初めての「自分の馬」はフランス生まれの16歳。くしくも人間で言えば48~50歳ほどという“初老”の相棒だった。愛称は「ロッキー」。その奇跡的な出会いが、大岩の運命を切り拓いていく。

<続く>

#2に続く
「誰だこれは?」世界最高の馬術大会で衝撃デビューも、五輪では…大岩義明が「10年くらいでメダルを」と考えてから23年間戦い続けたわけ

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