野球クロスロードBACK NUMBER
「負けるとは思っていました」6点差で迎えた9回裏…それでも日本文理は笑顔だった 15年前の甲子園決勝、あの“世紀の追い上げ”はなぜ起きた?
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2024/08/22 06:02
中京大中京との決勝戦では6回裏に6失点。試合の趨勢は決まったように見え、選手自身も「負けると思った」と振り返る
一連のプレーで、伊藤が「俺が行く!」と叫んでいたが、武石の耳には入っておらず、「自分のせいです」と目線を下げる。
「3回にもエラーをしてしまっていたので、自分としては『積極的にいこう』と思い過ぎて、周りが見えていなくて……」
セカンドの切手が、武石の頭を小突きながら「しっかりしろよぉ」と明るく振る舞っていたように、チームメートは優しかった。そんななか、マウンド上の伊藤だけは明らかにキレていた。
「なんでカバー入んねぇんだよ!」
そう発してすぐ、伊藤は反省する。
「あれがアウトなら2点で済んでいたんで、ちょっと気持ちの整理ができていなくて、武石を責めてしまって。『気にすんな』って言ってやれればよかったんですけど、自分もすぐには切り替えられなくて」
落ち着きを取り戻せぬまま、柴田悠介に走者一掃となるレフトオーバーのツーベースを打たれてしまい、その差は6点に広がった。そこで伊藤は、ようやく現実を受け入れられた。
2アウト一、二塁のピンチを抑えてようやくベンチに戻ってきた伊藤は、うなだれる武石の肩を叩いた。
「もう気にすんな。バッティングで返せよ!」
俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ……。
呪文のように唱え自分を責めていた武石は、エースのフォローによってようやく立ち直ることができたのだと、胸をなでおろしていた。
「ベンチに戻ってくるときはどうしてもポジティブに考えられなくて、切手とか中村が声をかけてくれても落ち込んだままだったんですけど、伊藤から『気にすんな』って言ってもらえたことが一番で。そこからは気持ちを切り替えて『打ってやろう』って思いました」
痛恨の6失点…「負けるとは思っていました」
とはいえ、あまりにも痛すぎる6失点。
7回表に中村のライト前ヒットで1点を返すが、その裏に2点を追加されてしまう。8回に相手のバッテリーエラーでさらに1点を返すも、4-10というスコアは日本文理に敗戦を予感させるには十分だった。
「負けるとは思っていました」
誰もがそう口にしていた。
それでも、ベンチから最終回の攻撃を見守る選手たちには笑顔があった。
<次回へつづく>