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柔道・出口クリスタ、国籍変更決断までの重い葛藤…「一度は引退しようかと」東京五輪への思いと挫折からの金メダルは「長い旅でした」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2024/07/31 17:01
長い葛藤と苦闘の果てに、パリ五輪の舞台で頂点をつかんだ出口クリスタ
2017年、ある決断をする。父の母国であるカナダの国籍を選ぶことだった。
「東京オリンピックを狙うには何かを変えたいという思いがありました」
数十人に相談したという葛藤
とはいえ、簡単に決心できたわけではない。実は高校時代から、カナダチームの誘いは受けていた。当時は真剣に考えることはなかったが、大学3年生になってからカナダ代表コーチが来日。両親を交えて話し合う機会を持った。それでも容易に決められない。葛藤した。両親からは判断を任された。
迷った出口は、柔道の恩師や先輩、友人、あわせて数十名に尋ねた。
見守ってくれる人々のほとんどの答えは「カナダがいい」だった。後押しも受けた出口は、講道館杯敗退を受けてついに決断に至ったのである。
それが柔道家としての成長をもたらした。
「精神面が変わったと思います。試合前のメンタルだったり、気持ちの上げ方だったり」
決断の成果が表れたのは2019年、東京で行われた世界選手権だった。
勝ち上がり、決勝で迎えたのは前年の世界選手権で優勝、のちに東京五輪で銀メダルを獲得する芳田司。実力者を相手に延長で技ありを奪い、初優勝をおさめたのだ。
ファンは国籍変更を受け入れてくれるのか…
日本代表の増地克之監督も成長を認めた。
「我慢できるようになって、最後まで気持ちが折れなかったですね。そこが前との大きな違いじゃないでしょうか」
優勝したものの、出口には複雑な思いもあったという。国籍を変えた自分を、観客の人々はどう受け止めるのか……。それは杞憂だった。
「思っていたよりも、観客の方の声援が大きくてありがたかったです。力になりました」
しかし、それからも順風満帆とはいかなかった。