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柔道・出口クリスタ、国籍変更決断までの重い葛藤…「一度は引退しようかと」東京五輪への思いと挫折からの金メダルは「長い旅でした」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2024/07/31 17:01
長い葛藤と苦闘の果てに、パリ五輪の舞台で頂点をつかんだ出口クリスタ
東京五輪のカナダ代表選考は、代表を競っていたジェシカ・クリムカイトとの3番勝負を実施して決定することになっていた。出口は国際大会での直接対決でクリムカイトに6戦全勝と圧倒していたこともあり、代表選出は堅いと目されていた。
東京五輪選考での挫折
ところが2021年の春になると、3番勝負は中止し、同年6月の世界選手権の成績上位者を代表に選出する、と変更された。コロナ禍の影響を鑑みて、という理由からだったが、選手の立場からすると間近になっての変更は平静には受け止められない。
その世界選手権の準決勝で出口は玉置桃と対戦。世界選手権をはじめ、数々の大会で実績を持つ玉置に敗れた。かたやクリムカイトは決勝に進出。最後の最後で代表を手にすることはかなわなかった。
「東京オリンピックは観ませんでした」
引退という選択も脳裏をよぎった。
それでも現役を続行したが、練習への取り組みもどこか変化していた。2022年の世界選手権は3回戦敗退に終わった。
それでも時間をかけて気持ちを取り戻していった。「一緒に頑張ろう」という妹の出口ケリー(パリ五輪52kg級カナダ代表)の存在も大きかった。
過去を振り切ってつかんだ世界一
立ち直った出口は、2023年世界選手権決勝で舟久保遥香を破り2度目の優勝を飾る。
「相手の人もいるので、感情を表に出したくないです」
喜びを表に出すことはなかったが、畳を降りると「長かった」と涙を流した。
「東京(の選考)は振り返らないです」と誓った。過去にとらわれず前だけをみつめ、「世界ランキング1位を守る」と誓い、実際に守り続けた。その末にたどり着いた大舞台で、世界一になった。
「今も、自分が成し遂げたことを信じられないです。パリまで、ほんとうに長い旅でした」
大学生の頃、「停滞する時期があっても、自分はいずれ立ち上がってステップアップできる人間だと思っています」と自分を表現している。
猫の保護活動に力を注ぐ優しさと、畳の上で保ち続ける強い心を併せ持つ柔道家が、その言葉を実践して得た金メダルだった。