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柔道・出口クリスタ、国籍変更決断までの重い葛藤…「一度は引退しようかと」東京五輪への思いと挫折からの金メダルは「長い旅でした」
posted2024/07/31 17:01
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Kaoru Watanabe/JMPA
日本出身どうしの決戦となった、パリ五輪柔道女子57kg級決勝。拮抗した戦いを制したのはカナダ国籍を選んだ出口クリスタだった。最大の舞台で名をなしたことで、SNSには国籍変更を安易に批判するものも現れた。だがそれは、若き柔道家が余人には窺い知れない長い苦悩と葛藤の末にくだした、重い決断だった――。
静かな勝利は、でも、容易に表せない大きな勝利だった。
7月29日、柔道57kg級決勝。勝ち進んだのは日本に生まれ、日本で柔道に打ち込む2人、出口クリスタ(カナダ)とホ・ミミ(韓国)。
両者は互いに譲らない。技が決まりそうな場面も容易に生まれず、拮抗する。
試合はゴールデンスコアにもつれた。
勝負が決したのはホに3つ目の指導が与えられたとき。出口の金メダル獲得が決まった瞬間だった。
万感の「長い旅」
「投げて勝ちたかったです」
試合を振り返る出口は、「でも」と続ける。
「とても、うれしいです」
そしてカナダのメディアにこう答えた。
「長い旅でした」
その言葉が出口のこれまでを雄弁に物語っていた。
層の厚い階級で伸び悩んで
出口は柔道家として早くから台頭し、高校3年生のときには世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得したほか、国際大会で世界選手権チャンピオンを破るなど注目を集めた。日本の強化選手にも選ばれ、次代の星として期待される存在になった。
だが山梨学院大学に入学後、伸び悩んだ。
「実家を出たことで環境の変化に戸惑ったりしたのが大きかったと思います。でもここから挽回します」
そう誓ったが、当時から57kg級には、ロンドン五輪金メダルの松本薫をはじめ実力者がそろっていた。その中に割って入るために努力を重ねたが、成績は思ったように上がらない。大学2年、3年での全日本選抜体重別選手権はどちらも初戦敗退。3年生の講道館杯でも2回戦で敗れた。