将棋PRESSBACK NUMBER
藤井聡太21歳は永世棋聖、羽生善治25歳は畠田理恵さんと結婚…「藤井・羽生ブームと忙殺日程の失冠」“七冠の天才棋士”今と28年前を比較
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byKeiji Ishikawa/JIJI PRESS
posted2024/07/06 06:00
藤井聡太21歳と羽生善治25歳。「七冠」が刻む世間的な「将棋」へのイメージアップはやはり大きい
「七冠を目指していた頃は、1年が5年分ぐらいに感じるほど大変でしたが、体力は十分にありました。今後は20代のうちに七冠をどれだけ維持できるか、ということが仕事でしょうね。あと5年あります。ただ勝負にこだわらず、自由な発想で指したいとも思っています。白星のための一局にするのか、未来のための一局にするのか、ということです。未来のためなら苦手な戦型も指せます」
なお藤井竜王・名人は「将棋を指すうえで、ひとつの理想があります。それは面白い将棋を指すことです」と語っている。その本来の意味は省略するが、前記の羽生の考えと根本で通じているような気がする。
羽生の結婚式はとても華やかな雰囲気だった
1996年3月28日。羽生は私生活で大きな節目を迎えた。
羽生の師匠である二上達也九段(64)夫妻の媒酌により、婚約者で女優の畠田理恵さん(25)と、将棋会館の向かいの鳩森八幡神社で結婚式を挙げた。羽生は「温かい家庭を2人で築き、これを機に棋士として社会人としても大きく成長したい」と語った。
披露宴は目黒区のある洋館(元大使館邸)で行われ、棋士・知人・報道関係者など各界から約130人が出席した。形式ばらない立食式パーティーだった。冒頭で師匠の二上が挨拶した後は、ほかの人のスピーチはなかった。出席者は洋館と庭園で思い思いに過ごした。新郎新婦は順に回って出席者と歓談して祝福を受けた。新婦がドラマ出演した縁で俳優仲間たちも出席し、とても華やかな雰囲気となった。
羽生棋聖に挑んだのは“武蔵”こと三浦弘行だった
羽生棋聖に三浦弘行五段(22)が挑戦した第67期棋聖戦五番勝負(1日制で持ち時間は各5時間)第1局は、96年6月18日に兵庫県洲本市のホテルで行われた。淡路島での初めてのタイトル戦で、95年1月17日に起きた阪神淡路大震災の復興を祈念したものだ。
羽生は七冠制覇後の公式戦は9勝3敗の成績で、棋王戦と名人戦で防衛を果たした。さらに1日制のタイトル戦では、2年間にわたって20連勝していた。一方の三浦は95年にも棋聖戦で羽生に挑戦したが、3連敗で敗退。羽生の優位は揺るがないと思われた。
三浦は再挑戦に際して、次のように語った。