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高校生で日本代表→社会人でスランプ…陸上「消えた天才」絹川愛(34歳)が“男装コスプレイヤー”になったワケ「いったん違う人間になりたかった」
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by(L)本人提供、(R)JIJI PRESS
posted2024/06/11 11:02
高校生で日本代表に選ばれたものの、社会人では不完全燃焼に終わった絹川愛。引退後の彼女を支えたのは「男装コスプレ」だった
ただ今なら、その判断に至った理由もわかる気がするという。
「やっぱりその前年度に、大邱の世界選手権で最下位になったのが響いたのかな。このコはまた大事なレースで脱水症状になるんじゃないか。一か八かの人は連れて行けないよねって。今の私ならそういう判断が下ったことに理解はできます」
だが、その時は未練が残った。
なぜ行けなかったのか。日本陸連や指導者から明確な落選理由を聞かされなかったからだ。その後、記録は伸び悩み、引退へとつながっていくわけだが、絹川はその時の状況を冷静に振り返る。
「ロンドン落選の後、またアキレス腱を手術して、結局はこのケガで引退するんですけど、気持ちのどこかでこの落選を引きずっていたような気がします。まだ繊細な23歳とかですからね。すべての条件をクリアしてもダメなときがあるんだなって絶望したんだと思う。きっと乗り越えられていたはずのリハビリだったのに、もう無理だって諦めてしまった。周りの人はマラソンで次を目指そうと声をかけてくれましたけど、自分がその気持ちに蓋をしてしまったんです」
アキレス腱のケガが長引くと、やがて目標を見失い、恩師からタッグ解消を告げられたことなどもあって、絹川はついに実業団を辞める決心をする。ミズノを退社したのは、2015年3月のことだった。
2017年に競技を引退…傷心の絹川を支えたのは?
まだこの時は心機一転を図る気持ちがあり、自ら別のチームを探し出したが、満足のいくレース結果は得られなかった。競技人生に別れを告げたのは、そこからさらに2年が経った頃だった。
決して前向きな理由ばかりではなかった。突然ひとりぼっちになり、途方に暮れたこともあったという。
そんな絶望から救ってくれたのが、学生時代から親しんできたアニメや漫画だった。
「もともとダンスとかも好きだし、陸上選手にならなかったら芸事の道に進みたいなって気持ちもあって。とくにアニメや漫画から得られるものってたくさんありますよね」