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「僕は忙しいんです。だから…」魁皇からのプロポーズ…元女子プロレスラー・西脇充子(56歳)が卵巣がんを乗り越え“大関の妻”になるまで
text by
伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph byTakuya Sugiyama
posted2024/04/07 17:01
女子プロレスラーを引退し、現在は相撲部屋の女将として元大関・魁皇の浅香山博之を支える西脇充子
わんわん泣いた。「私、死んじゃうの?」って
――自分の姿を鏡で見たとき、どう思いましたか。
西脇 初めて見たときに、わんわん泣いた。びっくりと、大変な状態だったんだなっていうのと、「私、死んじゃうの?」っていう重さを初めて感じた。手術を受けたのは自分なんだけど、“明太子”を見てないから、現実味がなかったんだけど、自分の姿を見たときにようやく「はっ……」と。でもね、下からもう新しい毛が、ほんと何ミリかなんだけど、生えてきてるの。それはね、生命の強さを感じた。
――ほんとですね。治療は、6クール受けきったんですか。
西脇 そう。丸々。何度か退院はしたけど、6カ月間は入院しました。右側の卵巣は全部取ったけど、左はちょこっと残してくれたんです。先生が、「まだ若いから」って残してくれたんで、子どもを産めない体になったわけではない。妊娠できる確率は低くなったけど。
――大病を克服したことで、生への価値観は変わりましたか。
西脇 こうなったらゴキブリのように這ってでも生きてやるって、そういう気持ちはずっと持ってます。病院にいると、暇なのね。だから、お見舞いに来てくれた人の回数を、「正」の字で書いてた(笑)。それがプロレス時代の先輩にも、「西脇がお見舞いの回数を数えてるから、行かないとやばいよ」って噂が流れたらしく(笑)、みんな来てくれた。先輩のともさん(ライオネス飛鳥)に大森ゆかりさん。北斗(晶)に堀田(祐美子)。後輩だと、井上貴子とか下田美馬、アジャ(コング)。噂を聞きつけたのかなぁ。
魁皇関と出会った日
――無言の圧でしょうね(笑)。結果的に、その卵巣がんが5歳年下の魁皇関と出会うきっかけになったんですよね。
西脇 そう、そう。女子プロのことも書いてたライターさんが、相撲雑誌に移ったんです。退院したあと、「お相撲さんに会うと元気になるから」って食事会を開いてくれた。私はまだ短髪だったので、知り合いの美容師が「格好よくしてあげるよ」って金髪にしてくれて。その会には武双山関が来る予定だったんだけど、ドタキャンになって、急きょ電話で呼ばれて来たのが魁皇関だった。
――知ってましたか?
西脇 知らない。「誰?」って。彼は、前の歯がすいてるのね。あら、かわいらしい顔してるわっていうのと、でっかい人が来たなっていうのが第一印象。私は、そのころよく遊んでたアジャを連れていって、むこうは野球や競艇の選手なんかもいた。私はずっと「かいようさん」って呼んでたら、「すいません。かいおうです」って(笑)。
――連絡先を交換して、そこからどのようにして、恋愛に発展していったんですか。
西脇 まず、「昨日はありがとうございました」ってお礼の連絡がありました。しばらくしてから、「武蔵丸関とか大勢で飲み会してます。来ませんか?」って誘われて。何回も何人かでごはん食べたりしてるうちに、お相撲さんって忙しいから、巡業に入っちゃったんです。急に会えなくなっちゃった。あれって、魔法にかかるんですよね。「あらっ、寂しくない?」みたいな(笑)。