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「大谷翔平のインタビュー調整も」「口堅く“出す情報”コントロール」水原一平に託されていた“本当の仕事”…異変はいつ起きていたのか
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph byNanae Suzuki
posted2024/03/24 17:03
3月のオープン戦で。ドジャース大谷翔平と水原一平氏
今思えばやつれた面差しのその陰に、絶望と苦悩を隠していたのか。
11年前に大谷と出会い…「最優秀通訳」「WBC帯同」
大谷と水原通訳の縁は、日本ハムに“同期入団”した2013年から始まっている。花巻東高時代からメジャー志向が強かった大谷は、ブランドン・レアードら外国人選手をサポートしていた水原通訳と当時から親しかった。MLB挑戦を見据えて、空いた時間には水原氏から英会話を習っているという話も伝わっていた。
2017年オフ、エンゼルス入りした大谷とともに退団し、渡米。以降の公私にわたる献身的なサポートは言うまでもなく、その価値は2021年シーズンに大谷がアメリカンリーグのMVPを獲得した際、エンゼルスが球団独自の賞として「MVI」(最優秀通訳)を贈ったことに表れている。通訳のみならず、スタジアムへの送迎や生活面のサポート、キャッチボールやトレーニングの練習パートナーまで完璧にこなし、次第に大谷自身の動作分析や、対戦相手のデータ分析までカバーするようになった。
昨年のWBCで日本代表に帯同したのは、大谷の意向を汲み取った栗山監督が強く要望したためだった。表向きは「ラーズ・ヌートバーの通訳」という立場でベンチ入りしていたが、実際には「二刀流」の複雑な調整を必要とする大谷のサポートがメイン。さらにチーム内ではメジャーに関係する選手を中心に対戦相手の分析や、大会を運営する主催者側との折衝など重要な役割も担っていた。栗山監督以下、白井一幸ヘッドコーチや投手コーチを務めた吉井理人(ロッテ監督)ら、日本ハムに関わっていたことがある首脳陣がほとんどだったこともあり元同僚の「一平」として相談を受け、頼りにされていたのだ。
実は大会前からヌートバーの招集にも一役買っており、大会中は大谷をサポートし二刀流でフル稼働する活躍を引き出した。
「一平が本当に頑張ってくれた」
大会後、栗山監督が口にしたこの言葉は心からの思いだっただろう。