甲子園の風BACK NUMBER
江川卓17歳を撃破“まるでマンガの名将”が実在した…「きみ、甲子園に行くよ」弱小校監督に予言ズバリ“なぜ見抜けたのか?”迫田穆成の伝説
text by
井上幸太Kota Inoue
photograph byKazuhito Yamada
posted2024/01/27 11:01
「怪物」江川卓17歳を甲子園で攻略した名将とは(写真は巨人時代)
以降も、“奇策”に見える作戦が成功したり、抜擢した選手が結果を出す起用は“マジック”とも形容された。日ごろの練習から選手をつぶさに観察し、超人的な記憶力で各人の特性を把握する――。観察眼と経験の記憶の両輪で生み出される慧眼は、まだ日の目をみていない指導者を見出す際にも発揮された。
「迫田監督! 今年のチームどうですか?」
おかやま山陽を率いる堤尚彦は、食い気味に尋ねた。
時は2016年7月。前監督が迫田氏率いる如水館と懇意だった縁から、06年に自身がチームを引き継いでからも、夏前の最終調整段階で必ず練習試合を組んでいた。
堤は、このチームに大きな自信を持っていた。夏の前哨戦とも言える春の岡山大会で優勝。不祥事で前監督が解任され、崩壊寸前だった野球部を引き継いで11年目。高校野球の指導者経験を持たない中での奮闘が、実を結び始めていた。
夏前に最終確認として、甲子園を熟知する名将に仕上がりを尋ねた。しかし、迫田氏の返答は、堤が予想していないものだった。
「(甲子園に)届かないね~」
苦笑しながら率直な思いを述べる名将に、堤は理由を求めた。半袖のアンダーシャツからのぞく、こんがりと日焼けした堤の腕を指さし、迫田氏が続ける。
「これじゃあ、夏まで選手の体力がもたないよ」
初夏の段階で監督がこれだけ日焼けしているということは、選手たちは相当な練習量をこなしているはず。これでは、暑さが本格化し、連戦を強いられる夏の大会で“ガス欠”を起こす……という指摘だった。
翌年は…「おめでとう! 決まりです」
迫田氏は、「夏の県大会開幕の約1カ月前から練習時間を半分に減らす」調整を確立していた。過酷な夏に向けて体力を温存するだけでなく、「もっと野球がしたい」という“飢え”を引き出す狙いだ。それと真逆の調整を進める堤へ忠告したのだ。
結果は、夏の岡山大会準決勝敗退。春制覇の原動力だった左腕エースが軸足の甲を疲労骨折するなど、夏前の追い込みがあだになった。迫田氏の見通しが、見事に的中した。
新チーム発足後、堤が名将の金言を胸にチーム作りを進めると、翌2017年夏の如水館との練習試合で、迫田氏が満面の笑みで握手を求めた。
「おめでとう! 決まりです。監督も日焼けしすぎていないし、選手もバットが振れているし、いいですね~」