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高校サッカーで超無名だった伊東純也「差がありすぎて悔しさは…」遠藤航17歳はJ1出場→今やリバプール主力…アジア杯森保ジャパンの青春
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byDaisuke Nakashima/Kiichi Matsumoto
posted2024/01/08 17:00
伊東純也と遠藤航。高校時代は大きく異なる境遇だった
伊東は小・中・高校すべてのカテゴリで全国大会を経験したことがなく、いわゆる無名の選手だった。父・利也さんもこのように話していたほどである。
「純也がサッカーを始めたのは近所の同級生がやっていたから。当時から足は速かったですが、抜群に(サッカーが)上手いというわけではなかったですね。鴨居SCは、純也の代はそこそこ強かったですが、あくまで地元でのことです。純也はどこに行くにもサッカーボールを持っていき、試合になると夢中でクルクル回るようにドリブルをしていました。ただ、周りの子と比べて特別なことはなかったですし、プロ選手にありがちなウィニング・ストーリー的な話はまったくないですね」
スカウトの目に留まった一撃と、プロでの飛躍
ただ世間的には無名だったとはいえ……伊東は逗葉高で全く輝かなかったわけではない。インターハイ予選・桐光学園戦でチームは1−6の大敗を喫したものの、伊東はドリブルで相手マーカー複数人を突破してのファインゴールを叩き込んだ。この一撃がスカウトの目に留まり、大学サッカー部からの誘いがくるようになったという。
神奈川大学で伊東は3年時に関東大学リーグ2部で得点王とベストイレブンに輝き、翌年も2年連続となるベストイレブンに選出されるなど、実力を磨いていた。ただ大学1年時には名スカウトとして知られる森淳氏がそのスピードに目をつけていたという。
その後、伊東はヴァンフォーレ甲府からプロキャリアをスタートさせると、柏レイソルも含めて自慢のスピードをいかんなく発揮。ベルギー、フランスでもその“イナズマ”ぶりで相手守備陣を切り裂き、カタールW杯でもドイツ、スペイン撃破に貢献した姿は記憶に新しい。2024年元日の親善試合タイ戦ではキャプテンマークを巻いた14番が、アジア杯で活躍すれば……プロを目指す数多の若者たちに夢を与えるはずだ。
大舞台で得点を奪う男・浅野は選手権で…
<名言2>
最初は普通の高校に行ってサッカーをやろうと思っていたけど、熱意を感じたし、四中工でやってみたいと思ったんです。
(浅野拓磨/NumberWeb 2015年12月9日配信)
https://number.bunshun.jp/articles/-/824702
◇解説◇
浅野はチームの命運を決める大事な一戦でことごとくゴールを陥れてきた。リオ五輪アジア最終予選日韓戦、ロシアW杯アジア最終予選オーストラリア戦、2015年Jリーグチャンピオンシップ決勝セカンドレグ、そして……カタールW杯、ドイツ戦の決勝点だ。
その大舞台の強さを世間が発見するきっかけとなったのは「選手権」だった。