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「美談として語るわけにはいかない」アーチュレッタ“まさかの減量失敗”で残る疑問の数々…それでも“圧巻KO”の朝倉海が見せた笑顔の理由
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2024/01/01 17:03
RIZIN.45「朝倉海vsフアン・アーチュレッタ」の一戦は、アーチュレッタの体重超過により異例の試合となった
主催者も知らなかったアーチュレッタの体調不良
「なんでこうなってしまったのか。自分ではコントロールできないものでした」
アーチュレッタは一連の出来事を振り返った。インタビュースペースで語ったところによると、ファイトウィークに入った月曜日に体調を崩したという。腸を悪くしたようだ。水抜き(最後の数kgを発汗で落とす)もうまくいかず、ある時点で汗が出なくなってしまった。
もちろんそれは、主催者も海も知らないことだった。試合前に体調不良を明かすファイターはいない。最終的に体重が落ち、試合に勝てばそれでいいのだ。ただアーチュレッタはそれができなかった。
「それでも、試合を成立させるために最大限の努力をしました。これはファンのみなさんのための試合。一生懸命に働いて、安くないチケットを買って来てくれるんですから」
インタビュースペースでの笑顔の意味
試合で来日すると長期滞在することでも知られるアーチュレッタ。RIZINの外国人選手の中でも、特にファンに愛されていると言っていい。海は状況を知らなかったが「責めていいのは僕だけ」とかばった。
ただプレッシャーが大きかったのも確かだ。インタビュースペースでの第一声は「ホッとしてます。一安心です」。何度も見せた屈託のない笑顔は、苦しかったからこそだろう。
彼には“大晦日のジンクス”があった。トップ選手として申し分のない実績をあげながら、なぜか大晦日に勝てない。2019年から2021年まで3連敗。2年ぶりの大晦日出場となる今回はどうしても勝ちたかった。
兄である朝倉未来のためにという気持ちもあった。未来は7月、ヴガール・ケラモフとのフェザー級王座決定戦で一本負け。11月にはYA-MANとオープンフィンガーグローブ着用のキックボクシングルールで対戦し、ノックアウトされている。一度は引退を口にするほどのショッキングな連敗だった。
今は自分がやらなきゃいけない。海にとってはそんな決意も込めたアーチュレッタ戦だった。簡単に「相手が体重オーバーだから中止で」とは言えなかったのではないか。加えて「もし負けたら」、「内容的にファンをガッカリさせてしまったら」という不安もつきまとう。海はあらゆる重圧と闘い、その上で勝ったのだ。
しかし美談として語るわけにはいかない
理由はどうあれ、アーチュレッタが体重オーバーだった以上どうしても疑問や“たられば”がつきまとう。観客は「アーチュレッタに何があったのか」と思いながら試合を見るしかない。結局この体重超過はどちらに有利だったのか。お互い計量をクリアし万全の状態だったら……。
アーチュレッタが受けたレッドカードの罰則は、判定から50%マイナスというもの。RIZINの判定はラウンドごとの採点ではなく、試合全体の内容から勝者を決める。その基準は「ダメージ50%・アグレッシブネス(攻撃の積極性)30%・ジェネラルシップ(試合の支配率)20%」である。
試合開始時点でその50%を失っていたアーチュレッタは、判定では勝ち目がない。それゆえKO決着を狙って海の領域である打撃勝負に打って出るしかなかった。これは本人も認めていることだ。やはり「もしアーチュレッタが得意の“MMAレスリング”で勝負していたら」という疑問が残ってしまう。体重超過があった場合、どんな内容であれ結果であれ、試合の大前提としての公平さが崩れた闘いになってしまう。
それほど、減量失敗は重大なのだ。今回の試合を「終わりよければすべてよし」の美談として語るわけにはいかない。言い分を聞く限り、これはアーチュレッタにとっても不運だった。ただ、時には些細な運不運が勝敗を分けることもある。海は不運をも受け止め、ねじ伏せた。