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「ワシは根に持たん」“問題児覚醒と絶妙コンバート”の昇格請負人…石崎信弘65歳が選手に愛されるワケ「“やってみい!”いう感じでね」

posted2023/12/05 11:01

 
「ワシは根に持たん」“問題児覚醒と絶妙コンバート”の昇格請負人…石崎信弘65歳が選手に愛されるワケ「“やってみい!”いう感じでね」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

2011年、コンサドーレ札幌をJ1昇格に導いて胴上げされる石﨑信弘監督

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ひぐらしひなつ

ひぐらしひなつHinatsu Higurashi

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JIJI PRESS

 優勝、残留、降格……Jリーグクラブをめぐる歓喜と悲哀は今シーズンも各カテゴリで起きた。その現場に直面する監督は、どのように選手との関係をはぐくみ、決断を思考しているのか――『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち』(エクスナレッジ)から石﨑信弘氏の項の一部を転載してご紹介します。(全4回の4回目/#1#2#3からつづく)

 石﨑によって2シャドーの一角で花開いた川西翔太は、その後、チームを移って石﨑のもとから離れても、ずっと石﨑を慕い続けた。

 劇的なJ1昇格の翌シーズン、川西を初めてボランチにコンバートしたのも石﨑だ。

「アイツは能力が高くて、ディフェンスも出来るしフィジカルも強い。それでボランチにした。3-4-2-1の中盤をダイヤモンドっぽくして、その3枚の一角に翔太を使ったんだ」

アイツ、練習試合のときいつもいるんだよ

 モンテディオを離れ2017年からプレーした大分トリニータでも、川西はボランチで起用された。ただ、ボールの収まりがよくキープして時間を作ることは出来るのだが、動きすぎて布陣のバランスを崩してしまうという諸刃の剣でもある。当時のトリニータの戦術にはバランスが不可欠だったため、川西はピッチに立てば存在感を光らせながらなかなかレギュラーに定着できず、2019年にはFC岐阜へと移籍した。

 2017年からテゲバジャーロ宮崎で指揮を執り、翌夏にそこを解任されてすぐに藤枝MYFCの監督になった石﨑は、テゲバジャーロではトリニータとの、藤枝では岐阜とのトレーニングマッチで、頻繁に川西に会い続けることになる。

「アイツ、練習試合のときいつもいるんだよ。ああ、やっぱり試合に絡めてないんだなと思って」

 決してチームのやり方に逆らっているわけではないのに上手くフィットできない不器用な愛弟子を、石﨑はずっと気にかけていた。川西は川西で、グラウンドに石﨑の姿を見つけるとうれしそうに駆け寄ってくる。

翔太、ワシの言うことは聞くもん

「俺だって翔太と話すようになったのは2014年の9月以降、試合で使うようになってからなんだけどね」

 と石﨑は笑った。ピッチ内外で自己表現が苦手で誤解されやすい川西だが、ひとたび心を許すと飼主にまとわりつく愛犬のようにリラックスし、忠誠心を発揮するのだ。

「ああ見えて義理堅いんだよね。あいつが岐阜にいた頃、藤枝に練習試合に来たときにはお土産を持ってきたりしてね。だから逆に岐阜で練習試合をするときには、ワシがお土産を持ってった。結婚式にも呼ばれたし。で、試合で見てると、やっぱり翔太は上手いんだよ」

【次ページ】 許容範囲が広いからかな。ワシ自身が根に持たない

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