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「ばかやろう、何やらせているんだ!」井上尚弥の世界戦で大橋会長が激怒…ジャッジの胸を打った「必ず無事にリングから降ろす」ことへの思い
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:07
2016年12月30日、王者・井上尚弥と挑戦者・河野公平によるWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ。中村勝彦は同試合のジャッジを担当した
「ボクシングは闘争本能むき出しじゃないと勝てないはずのスポーツなんです。絶対、内面にそういうものを持ち合わせていると思うんですけど、そういったものがあまり表に出ない。それが不思議だし、彼の精神力の『モンスター』たる所以という気がしますね」
肉体的なタフさにも驚く。中村は地方の興行で、ある選手が試合後、徐々に具合が悪くなり嘔吐し、病院に運ばれる事態に出くわした。診断結果は眼窩底骨折だった。井上がドネアとの初戦で2回に右眼窩底骨折を負いながら、闘い抜いたことが信じられない。
「眼窩底骨折はね、直後は何でもなくても20分、30分すると、気持ち悪くなったりする人もいるんです。当たり前だけど、その状態で目に少しでも打撃を受けると恐ろしく痛い。井上選手がやったのは2回でしょ。いやあ、凄いなと思いましたね。あのとき試合後、普通に記者会見やっていたんでしょ。具合悪くならなかったのかなあ。それが不思議。頑丈ですよね」
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レフェリーとしても裁きやすい選手と、そうではないボクサーがいる。
「井上選手は非常にボクシングがきれいで美しい。ダーティなテクニックもないし、リング上のマナーも素晴らしい。非常にスマートですよね。彼は自分でどんどんリズムを作っていく。ダウンを奪うときも、スリップダウンと判断が難しいダウンではなくて、クリーン・ノックダウンが多い。レフェリー的には誰がやってもやりやすいと思いますね」
中村は穏やかな優しい口調でそう言った。
取材が終わり、一息ついた。私が知る限り、中村はいつだって温和で心配りをする人だ。だが、絶対にぶれない芯がある。ボクサーの安全・健康を第一に「悪者になってもいい」という覚悟。どこであろうと、公平・公正に裁く信念。昼間は本業を全うし、夕方から後楽園ホールへ。多くのかさぶたをつくった中村は、きょうもまたリングの黒子に徹している。
<第1回、2回から続く>