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「ばかやろう、何やらせているんだ!」井上尚弥の世界戦で大橋会長が激怒…ジャッジの胸を打った「必ず無事にリングから降ろす」ことへの思い
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:07
2016年12月30日、王者・井上尚弥と挑戦者・河野公平によるWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ。中村勝彦は同試合のジャッジを担当した
「おれが今まで見たレフェリーの中で一番うまかったよ」
2022年10月16日、中村はオーストラリア・メルボルンにいた。4団体統一タイトルマッチのレフェリーに抜擢されたのだ。伝統のライト級で4団体統一王者デビン・ヘイニー(米国)と前3団体統一王者ジョージ・カンボソス・ジュニア(豪州)の再戦だった。中村が57歳で迎えたビッグマッチ。会場は全豪オープンテニスのセンターコートでもあるロッド・レーバー・アリーナ。舞い上がることなく、普段どおりに試合を裁いた。
ヘイニーは持ち前の左ジャブに加え、右を効かせ、カンボソスの右目尻をカットした。時にクリンチで相手のリズムを切ることもあったが、中村はスムーズに試合を進めた。初戦と比べ、見栄えのいい試合。王者ヘイニーの大差判定勝ちだった。試合後、元世界王者でテレビ解説を務めるジェフ・フェネック(豪州)から声をかけられた。
「おれが今まで見たレフェリーの中で一番うまかったよ」
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中村から笑みが漏れた。
「欧米の人たちは『出来がいい』と褒めてくれたし、フェネックもリップサービスでしょうけど、そう言ってくれたのは嬉しいですね」
ファイトマネーは、ヘイニーが400万ドル(6億円)、カンボソスが200万ドル(3億円)。この額はあくまで最低保証で、総額は両者合わせて10億円級。一方、中村の報酬は2800ドル(約40万円)だった。
「これだけのビッグファイトで結構責任が重いじゃないですか。でも、選手の1%にも0・1%にも満たない。お金のためにやっているわけじゃないけど、レフェリングで訴訟とか起こされてもおかしくない。フィー(報酬)の割には責任が重い。レフェリーをやる人がいなくなったら、業界が困るんですけどね」
日本人で初めて世界4団体王座統一戦のリングに立った中村はレフェリーの今後を憂えて、そう指摘した。
レフェリーが語る“井上尚弥のモンスターたる所以”
帰国して約2カ月後、井上がWBO王者ポール・バトラー(英国)を倒し、バンタム級で世界4団体の王座を統一した。
井上のデビュー戦の4ラウンド、佐野戦の10ラウンド。中村は計14ラウンド闘ったノニト・ドネア(フィリピン)とともに、最も長い時間をリングで過ごしてきた。間近で、客観的な視点で井上を見ている。