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「鈍臭いのはずっと変わらない」元アイドルの女子プロレスラー・神姫楽ミサが取材中に流した“涙の意味”「勝ちに貪欲でいたい」

posted2023/11/09 17:01

 
「鈍臭いのはずっと変わらない」元アイドルの女子プロレスラー・神姫楽ミサが取材中に流した“涙の意味”「勝ちに貪欲でいたい」<Number Web> photograph by Norihiro Hashimoto

JTO所属の女子プロレスラー神姫楽ミサ

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橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

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Norihiro Hashimoto

 知り合いに連れられて見に行ったプロレスにハマり「貯金を使い果たしました」と神姫楽(かぐら)ミサは苦笑する。

 いわゆる“地下アイドル”のグループをやめてグラビア中心に活動していた数年前のことだ。最初はドラゴンゲート、そこからみちのくプロレスも。岩手県出身だからみちのくプロレスという団体名や選手たちにはなじみがあった。地元でザ・グレート・サスケを知らない人間はいない。

「週4くらいでいろんなプロレス団体を見に行ってました。後楽園ホール、新木場1st RING、(地方大会への)遠征もしましたね」

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 自分でもやってみたいという気持ちも、ないわけではなかった。

「大畠美咲さんのファンだったので、生まれ変わったら(大畠が所属していた)WAVEさんに入ろうって(笑)」

2020年に入門「運動は苦手じゃない。でも…」

 そんな彼女が、今や立派なプロレスラーだ。人生が変わったきっかけは「ジャージ」だった。1990年代にWWF(現WWE)で活躍、現在は新日本プロレスにも参戦するTAKAみちのくが、LINEを通じみちのくプロレス所属時代の団体公式ジャージをオークションに出していた。みちのくプロレスが輩出したスター選手であるTAKAのことは、プロレスファンになる前から知っていた。

「ジャージのオークションについて問い合わせの連絡をしたら、練習に誘われたんです」

 TAKAは新団体・JTOを旗揚げしたばかりだった。会ってみるとオークション商品のジャージをプレゼントされてしまった。

「そこまでしてもらったら、練習に行くしかないですよね(笑)」

 2020年、団体2期生として入門。しかし自分が何もできないことにショックを受けた。

「学生時代は運動部ではなかったんです。中学で吹奏楽部、高校では演劇部だったので。でも運動は苦手じゃなかったんですよ。足が速かったしスポーツテストの成績も悪くなかった。でもプロレスの練習は別でした」

 基礎中の基礎であるマット運動から四苦八苦だった。後転がうまくできない。スクワットは50回を超えたあたりで足が震えてきた。

「70回くらいで立てなくなって。泣きましたね……」

 練習から離れた期間もあった。軽度の吃音で、緊張すると「おはようございます」、「お願いします」といった言葉がスムーズに出てこなくなってしまう。気にすると余計に緊張するし、先輩たちからの目が苦痛になった。練習を再開したが、何をやっても不器用なまま。結局、代表のTAKAに言われて団体のリングアナになった。

「でも練習は続けてたんです。代表がいない時に、内緒で練習に混ぜてもらってました」

【次ページ】 「プロレスが全然楽しくなかったです」

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