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「ああ、身ぐるみ剥がされる」マルセイユ超危険地帯で“九死に一生”「危険を冒すべきではなかった」天才MFジダンの故郷で見た貧困の闇
posted2023/10/28 11:02
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph by
Xavier DESMIER/Getty Images
「おい、お前、ここへ何しに来た?」
黒いフード帽を被った浅黒い肌のアラブ系の若者が、早口のフランス語で近づいてきた。外国の犯罪映画やドラマに出てくるチンピラそのもの。世界中、どこでも犯罪者は同じ匂いを放つもので、僕が住むブラジルでも同様の輩に絡まれたことがある。背筋が凍りかけたが、努めて平静を装った。
間違いなく、身ぐるみ剥がされる
「ここで知人と会う約束をしていたんだけど、会えなかった。だから、もう帰ろうと思っている」
咄嗟に口を突いた出まかせだ。
「どのアパートの誰と会うつもりだったんだ?」
「……」
男が周囲に向かって叫んだ。
「おい、こいつ、携帯電話をポケットに入れているぞ」
見ると、彼以外にも数人のアラブ系の男たちが僕を取り囲みつつあった。
〈うわあ、やられた。間違いなく、身ぐるみ剥がされる〉
それでも、必死に打開策を考えた。近くを歩いていた中年の男に取りすがるように近づき「出口はどこ?」と聞いた。男は黙って右を指差す。しかし、その先には別のチンピラが立っていた。僕を待ち構えているのだ。そちらへ行くわけにはいかない。
〈これはダメだ。所持品を奪われるのは仕方がないとして、アパートに連れ込まれたら何をされるかわからない〉
携帯電話の写真ファイルを開けさせられて、ここのアパートの写真を撮影したのが発覚し、「どうしてこんな写真を撮ったんだ」と問い詰められるに違いない。「ジダンのファンなので、彼が生まれ育った場所へ来たかったんだ」と言って、それで許してくれるようなお人よしとは思えない。
最悪の事態だ。少し先に、中年のふくよかな女性がいた。「助けてください」と擦り寄ったが、事態を察したらしく、顔をこわばらせて逃げて行った。
〈ああ、完全に終わった〉
怪しげな男たちに囲まれて、困っています
そのとき、10mほど先に事務所のドアがあるのが目に入った。ドアに「社会文化センター」と書いてある。市が経営する事務所らしい。それなら、市の職員がいるはずだ。咄嗟にそこへ逃げ込んだ。
向かって右側に窓口があり、数人の女性職員が住人らをアテンドしている。ほぼ全員が女性だった。
「怪しげな男たちに囲まれて、困っています。助けてください。バス停まで同行してもらえませんか」
窓口の女性の1人に懇願したら、女性は僕が置かれた事情をすぐに理解したようだった。自分の仕事を中断し、僕を伴って事務所を出た。そして、200mほど離れたバス停まで送ってくれた。
そこでは、犯罪者ではない普通の人がバスを待っていた。ああ、助かった。多分――。