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「勝ったら暴動が起きる」韓国の英雄とアウェイで対戦…大橋秀行が拳を磨いた“世界挑戦21連続失敗”の時代「テレビ局が負ける前提で番組を…」
posted2023/10/09 18:06
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
Koji Asakura
「勝ったら暴動が起きる」アウェイの韓国で世界初挑戦
世界前哨戦に敗れても、陣営は大橋秀行の最短王者を諦めていなかった。1986年12月14日、21歳の大橋は7戦目で張正九(チャン・ジョング)の地元・韓国に乗り込んだ。
師走の韓国は寒い。仁川の善仁体育館の控え室に3台のストーブを用意した。だが試合会場はそんな寒さも吹き飛ぶ、異様なまでのアウェイの熱気に包まれていた。大橋は「忘れられないね。あのときを思い出せば怖いものがなくなる」と語り始めた。
「3万人の大観衆で、入場するとき観客が多すぎて花道がないんですよ。日本人も50人くらいはいたけど、当時は反日感情が強くて、事前に『大橋が勝った場合は暴動が起きるから全員リングに上がってくれ』と言われていたくらいだからね」
11度目の防衛戦となる張正九は韓国の国民的ヒーローだ。入場するだけで地鳴りのような大歓声が沸き起こる。リング上で話しかけてくる会長・米倉健司の声が一切聞こえない。
試合は2回、張のアッパーで大橋が鼻血を流し、5回は両者が足を止めて打ち合った。張の右を浴びてダウン。立ち上がった大橋が右アッパーを立て続けに食らったところで、レフェリーは試合を止めた。5回TKO負けだった。
「張正九の全盛期で、踏み込んでくる速さ、ワンツーの速さが凄かった。こんなキャリアであれだけのボクサーと闘えた。負けたショックよりも、清々しい感じだったかな」
もう一度、拳を交えたい。世界王者になりたいのではなく、大橋には「あの強い張正九を倒したい」というこだわりがあった。
「だって、前王者のイラリオ・サパタに誰が勝つんだと思っていたら、張正九でしょ。あのコリアンスタイルには衝撃を受けました。プロになろうと思ったときにも、ちょうど張正九vs.渡嘉敷勝男を見たんです(1984年8月18日/張の9回KO勝ち)。『うわあ、すげえ、こんな型破りな選手がいるのか』と思いましたね」