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“羽生にらみ”に、年上の挑戦者が思わず「この場から離れたい…」羽生善治全冠制覇を許した“終盤の魔術師”が語る「にらみの効力」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTadashi Shirasawa
posted2023/10/17 06:01
盤上を鋭い視線で見つめる「羽生にらみ」。7冠を目指す羽生善治は、代名詞とも言えるこの動きをして、挑戦者を恐れさせた
すべての棋士にとって屈辱です――
午後5時6分、谷川投了。
その瞬間、待機していた200人を超える報道陣が対局室になだれ込んだ。
喧騒の中、衛星放送の解説をしていた森下は羽生による七冠制覇についてコメントを求められ、こう言った。
「すべての棋士にとって屈辱です――」
タイトルを争うほどの棋士になれば、才能や技術に大差はない。羽生と他の棋士にはもっと根源的で決定的な差がある。それを我々は探さなければならない。
そういう意味を込めての発言だった。
「羽生さんの強さがわからない」
誰かが言った。タイトル戦の中、トップ棋士たちは羽生に勝てる感触をつかんでいた。その「あと少し」という感覚が羽生の強さを正体不明のものにしていた。
羽生さんと藤井さんが時々、どこか重なって見える
ただ、森下には心に刻印されたように残っていることがあった。
羽虫の飛び交う、絶望的な盤上に万に一つの可能性を見出し、それをじっと待つことができる。そんな男が他にいるだろうか。
盤上に人生を投影しない男は、それゆえか、誰よりも盤上世界に没入できた。
あの夜の戦慄の記憶である。
《羽生さんの、あの勝ちたいという気持ち、執念の強さは他の棋士とは圧倒的に違う。隔絶したものがあると思います》
あれから25年。日本将棋連盟の常務理事を務める森下は今、再びあの巨大なうねりが起こる予感を抱いているという。
《あの時代の羽生さんと、今の藤井さんが時々、どこか重なって見えることがあるんです。それは確かです》
<「森下vs羽生」編とあわせてお読みください>
森けい二Keiji Mori
1946年4月6日、高知県生まれ。(故)大友昇九段門下。1968年四段。1985年九段。タイトル戦登場は8回、獲得は棋聖1期、王位1期。棋戦優勝2回。終盤に強いことから「終盤の魔術師」と呼ばれた。2017年引退。現在は地域普及推進棋士として地元高知の将棋普及に携わる。