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「泣くな! この悔しさを忘れるな」17歳の村上宗隆は声を張り上げて…スラッガーを育てた“最後の夏”と大粒の涙を見せた”ただ一人”の相手
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/24 11:01
村上宗隆の原点は、高校時代の鍛錬にある
チャンスの後に、ピンチあり。
6回表に入って、田尻は先頭打者にヒットを許すと、次打者への投球でボーク。犠牲バントで1死三塁となり、田尻の動揺は激しかった。ここから2者連続で死球を与え、満塁に。急にエアポケットに入ってしまったようだった。
最後の夏の記憶
1死満塁。そこからボール、ボール、またボールでカウント3-0。その時だった。捕手の村上がマスクを取り、ホームベースの前に立ち、笑顔で声をかけてくれたのは。
「大丈夫、大丈夫! ナイスボール!」
村上の声が届くと、田尻は我に返った。制球力を取り戻し、次打者を二塁ゴロで本塁アウト。その次の打者も三振に取り、この大ピンチを切り抜けた。
「宗隆さんのサインに首を振って打たれてしまったら申し訳ない。宗隆さんの考えた通り、ミットをめがけて投げよう。それが恩返しだ」と思いながら投げていた田尻だが、7回あたりから疲労は極に達し、投球の記憶も曖昧になってきた。なんとか均衡を保ったまま最終回を迎えたが、簡単に2死を取ったあと、四球をきっかけに2死二・三塁のピンチを招いてしまう。
打順は先頭に戻り、田尻は最後の気力を振り絞って一塁ゴロに打ち取る。一塁手が捕球、田尻はベースカバーに走ったが、カバーとトスのタイミングがずれた。田尻の背後にボールが流れ、悪送球になった。インプレーだったが、田尻はグラウンドで天を仰いだ。2者生還、1対3。結局、これが決勝点となり、村上の夏、九州学院の夏は終わった。