甲子園の風BACK NUMBER
金足農は「2番手グループにも挙げていなかった」…5年前の金農旋風を見つめた“ある記者の告白”「2ランスクイズの瞬間、公式記録員席で…」
text by
安藤嘉浩Yoshihiro Ando
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/18 11:06
5年前の2018年8月18日、劇的な2ランスクイズで近江にサヨナラ勝ちした金足農業。“金農旋風”を象徴するワンシーンとなった
劇的なシーンに公式記録員席で冷静さを失い…
近江バッテリーも当然ながら、スクイズを警戒していた。1、2球目は林が得意とする大きく曲がるカーブを低めに投げ込んだ。
左打席の斎藤は初球をバントの構えから見送ってボール。2球目は打つ姿勢から見送ってストライクとなった。ボールカウントは1-1。
3球目、近江バッテリーは直球を選択した。その配球を読んでいたように、斎藤はバットを寝かせた。スクイズだ。
「走った!」
公式記録員席では、目の前で起きたプレーに合わせて声を出すよう心がけている。その方が記憶に残るし、周囲との確認もできるからだ。
近江に惜しまれる点があるとすれば、林がこの局面でも、持ち味である投球テンポの良さを貫いてしまったこと。間合いを取ることもなく、どんどん投げてしまった。しかも、左投手ゆえ、三塁走者の動きが見えない。
斎藤は外角低めの直球を、しっかり三塁前に転がした。
近江の三塁手が打球を処理するときには、三塁走者が本塁へ滑り込んでいた。三塁手は本塁送球をあきらめ、打者をアウトにしようと一塁へ送球する。
「5(三塁手)、3(一塁手)」
公式記録員として、そう唱えようとしたとき、三塁手のすぐ後方で、二塁走者の菊地彪吾(ひゅうご)が勢いよく三塁ベースを回るのが見えた。
「5……、あああああぁ~」
菊地は一塁送球の間に俊足を飛ばし、そのまま本塁へ頭から滑り込んだ。一塁手からの転送を受けた捕手のタッチより早くベースに到達する。田中豊久球審の両手が、左右に大きく開いた。
「5……、あああああぁ~、3、2」
公式記録員として、あらぬ声を発してしまったぼくだが、その後はボールの行方を追った。たぶん、追ったはずだ。
いや、あまりに劇的なシーンを前に、冷静さを失っていたかもしれない。
「2ランスクイズ。打点は2つ。2打点です」
我にかえり、公式記録席のマイクで、記者席への放送を流したのは覚えている。
両チームの主将に抱え上げられた2年生捕手
さて、公式記録員席で必死に冷静さを保とうとしていたぼくとは対照的に、グラウンド上では高校生たちが実に落ち着いた行動を見せていた。
サヨナラ勝利を飾った金足農は、本塁周辺で歓喜の輪をつくった。
主将の佐々木も一塁ベンチから飛び出して一瞬だけガッツポーズをつくったが、すぐに歓喜の輪から離れ、スクイズを決めた斎藤のバットを拾い、ベンチ付近まで片づけに走った。
踵を返して本塁方向へ戻ろうとすると、近江の2年生捕手・有馬が、うつ伏せの体勢のまま動けないでいるのが目に入った。