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セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
45歳引退…衰えてブーイングされても「老眼でも何でも、1分後には」なぜ“最強GK”ブッフォンは愛されたか「俺たちは勝利したんだ」
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/08/23 11:00
EURO2016のブッフォン。4つの年代をまたいで偉大な守護神としてゴールマウスに立ちはだかった
イタリア版SNSで「ペレにゾフ、マラドーナにはブッフォン」と記した投稿を見かけたが、やはりゾーンプレスが発明され定着した80年代末期からバックパスが禁止された92年にかけての時期を分水嶺として、ゴールキーパーの役割は大きく変化した感がある。
ブッフォンが語った「キャリア最高のセーブ」とは
単なる長寿選手ではなかった。引退を伝える報道の中でトリビア的な記録が次々と明かされ、最も仰天したのが“UEFAチャンピオンズリーグの歴史において、4つの10年紀(90年代・00年代・10年代・20年代)に渡ってクリーンシートを達成した唯一のGK”というものだった。超人であり怪物でもあるブッフォンは規格外すぎる。
思い出のミラクルセーブを挙げれば切りがない。
本人に言わせると代表デビュー2戦目、1998年4月22日にパルマで行われた親善試合パラグアイ戦(3-1)でのワンプレーが「キャリア最高のセーブの一つ」らしい。
映像を見返すと、試合終盤に相手の右CKでニアサイドのターゲット役が鋭角にファーサイドへ流し、飛び込んだ別のFWがゴール前2mで合わせた。ストップウォッチで何度か手動計測したら、最初に落とした瞬間からシュートまでの間隔は0.16秒しかない。ガラ空きだったゴールマウスの刹那、20歳のブッフォンは右腕を伸ばしボールを弾き出した。ゴールを確信していたパラグアイの選手たちは“物理的に不可能だろ、嘘だろ”と言わんばかりに頭を抱えた。
「セリエBは歯にナイフを仕込む覚悟でやらなきゃ」
ブッフォンはただの偉大なプレーヤーではなかった。
相手FWにとっては「得点できたら一流」とお墨付きを得るための試練であり、世界中の同業者からはGKとしての指標やベンチマークになった。
だから、ドイツW杯で優勝したキャリア絶頂期の06-07シーズン、スキャンダルによってセリエBへ降格したユベントスに残り、2部でプレーすると意思表明したときには国中がひっくり返った。
当時、交通の不便な田舎町の試合を何度も取材した。世界一のゴールキーパーは、1912年の創設よりこのかたセリエAに昇格したことのない地方クラブ、リミニを相手の開幕戦でまさかの失点を喫し、シーズンのドロー発進という苦汁を嘗めた。
「正直セリエBを甘くみていた。ここからは歯にナイフを仕込む覚悟でやらなきゃだめだ」
褌を締め直したブッフォンは、CLと同じ熱意で2部に挑んだ。やはり2部に残ったデル・ピエロやバロンドール受賞者パベル・ネドベド(前ユベントス副会長)らとともにプリマベーラ上がりの若手たちを鍛え上げながらユーベを優勝に導き、のちの黄金時代の基礎を築いた。