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「実力49番目」と評された「普通の公立校」の下剋上 鳥栖工躍進の秘密は“兄弟バッテリー”と“交換日記”「時代に合った努力じゃないと結果は出ない」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byJIJI PRESS
posted2023/08/12 11:03
1回戦で6回から延長12回までをロングリリーフした1年生投手の松延響。兄の晶音(あぎと)は4番で捕手を務める
甲子園出場の秘密は…「交換日記」と「兄弟バッテリー」?
さんざん考えて、いろいろな人に訊いて、大坪監督は選手たちとの「交換日記」を始めた。
「『お前らなんかダメだ』なんて、あの言い方はないじゃないですか!僕たちに『絶対あきらめるな』とか言いながら、先生のほうがあきらめてるじゃないですかって……もうすごかったですね、ノートの反応が。こっちが、ガーンってなるような選手たちの言葉が、ガンガン刺さってきました」
次第に、選手目線でものを考える時間が増えたという。
「僕の高校時代は監督さんが、『黙ってオレについてこい!』って時代で、僕自身もちょっと前まではそんな感じで選手たちと接してましたけど、今回こうやって、<甲子園>っていうことになってみて、もうそろそろ時代に合った努力じゃないと結果が出ないんじゃないかって考え始めているんです」
それでも、「この夏」になるまでは、なかなか勝てなかった大坪・鳥栖工業。
「去年の秋の県大会が1回戦負け。今年の春は、佐賀北に14点取られて初戦負け。この春まで<1回戦ボーイ>だったウチが、夏になんとか戦えるようになったのは、2年生、3年生の調子も間違いなく上がっていたんですけどやっぱり、キャッチャーの松延晶音の弟の響(ひびき)が入ってきて、古沢とのリレーで<勝つ形>が出来たってことは間違いないでしょうね」
鳥栖工投手・松延響(1年・177cm73kg・右投右打)。
甲子園初戦の富山商戦でも、7イニングのロングリリーフで1失点。タイブレークのサヨナラ勝ちに持ち込む立役者となった。
入学してまだ数カ月なのに、アベレージで140キロ前後をマークしながら、大坪監督太鼓判の気迫あふれる投げっぷりで、富山商打線を5安打1失点に封じてみせた。
「福岡や熊本の強豪からも声がかかってたぐらいの子ですから、いくら兄貴がいるからって、ウチに来るとは思ってなかったんですが……」
大坪監督が語りかけてみた。
「兄弟バッテリーなんて、今しか組めないじゃないか。将来、大人になって、酒でも飲みながら、『あの時はこうだったねぇ、ああだったじゃないか』って、兄弟でそんな話ができるなんて、この国の中だって、そう何人もいない。素晴らしいと思うけどな」
その言葉が胸に刺さったのか、「兄貴とバッテリーを組みたい」と松延響はこの春、鳥栖工の戦列に加わった。