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「もし甲子園に出ていれば…」幻となった履正社”夏連覇の夢”「だったら最後に大阪桐蔭に勝とう」「強いイメージのまま終わりたかった」
text by
釜谷一平Ippei Kamaya
photograph byNaoya Sanuki
posted2023/08/07 17:09
2020年の甲子園大会交流戦で星稜高校と対戦した履正社ナイン
彼は静かにこちらの目を見て、しっかり言葉を紡いでくれた。
「頑張るってよく言うけど、あの頃は頑張りたくても頑張れない状況でした。だから今、野球ができていることに感謝しています。他の誰もが経験できることではないし、それを経験できたということをプラスに変えていきたい。ふと忘れそうになった時でも、ああいう時期を思い出して、折れない気持ちを持ち続けていきたいです」
一方、「高校野球はやり切りました。トレーニングも練習も、勉強も。自分の中ではこれ以上できないというところまで」と語る両井大貴は今、関西学院大学でプレーを続けている。
「でも……何を得たかと言われたら、野球をもっとやりたい、野球に対する思いがさらに強くなったということですね」
「もし甲子園に出ていれば、連覇したかもしれない」
大西蓮は2022年現在、社会人のJR東日本東北で19歳ながら4番を打ち、10月にはU―23日本代表の一員としてU―23ワールドカップに出場。日本の3大会ぶりの優勝に貢献した。保護者会会長の重責から解放された父は、激動の3年間を振り返ってこう言う。
「もし甲子園に出ていれば、連覇していたかもしれないです。ただ、今となればあれでよかったのかもしれないと思う時があります。高校時代は通過点ですから、そこで頂点を見なくても良かった。息子も今は神宮目指して、東京ドーム目指して、切り替えて頑張ってます。練習ができる環境や、親や学校の協力の有難みもわかってくれたと思います」
未曾有の悲劇に見舞われた彼らも、それぞれに出来事を消化し、既に新たな旅の途上にある。生徒たちの担任を務めた多田も2021年4月、岡田監督の後を継ぎ、履正社高校野球部は新たなスタートを切った。
それでも――多田は教師の顔をして言う。
「あの学年の子らと、もっと一緒に過ごしたかったな」
彼らの甲子園連覇への挑戦は“幻”に終わった。ただ、2020年の履正社高校野球部が確かにその夢を見せてくれたチームであったことを、一人でも多くの読者に知ってほしいと願う。(取材協力=谷上史朗)
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