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Jリーガーから弁護士へ“華麗なる転身”も…「やっぱりサッカーで成功したかった」J開幕バブルを知る男の30年後の本音〈同期は天才・礒貝〉

posted2023/04/12 11:00

 
Jリーガーから弁護士へ“華麗なる転身”も…「やっぱりサッカーで成功したかった」J開幕バブルを知る男の30年後の本音〈同期は天才・礒貝〉<Number Web> photograph by J.LEAGUE

Jリーグ開幕元年にガンバ大阪へ入団した八十祐治は、引退後に弁護士へ転身。Jリーグ30年の歴史で弁護士バッジをつけるのはたった一人

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栗田シメイ

栗田シメイShimei Kurita

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J.LEAGUE

 さかのぼること30年前。Jリーグ黎明期にピッチに立った男は今、法曹界に身を置いている。

 大阪府の摂津総合法律事務所で働く、八十祐治・53歳。1993年のJリーグ開幕時、ガンバ大阪に所属した八十は、旧司法試験を突破し、現在は弁護士として多忙な日々を過ごす。

「司法試験の勉強の苦しさと、プロとして試合に絡めないもどかしさ。どちらが苦しかったかといえば、間違いなく試合に出られなかったことですね。あの経験がなければ、たぶん途中で投げ出してしまっていたという気もしています」

 選手としては決して大成したわけではない。2年間を過ごしたガンバ大阪では、リーグ戦出場は3試合に留まった。その後はJリーグ加盟前のヴィッセル神戸、北信越リーグ時代のアルビレックス新潟(加入時はアルビレオ新潟)、JFLの横河電機と渡り歩き、31歳で現役を引退。法律の知識も全くない状態から、猛勉強を開始し、36歳で司法試験を突破している。

 字面だけを追うと数行で完結する。だが、アスリートのセカンドキャリアという視点で考えると、その“濃度”を見過ごすことはできない。

 2022年のJ1~J3のカテゴリーの登録選手数は1759人。これまでの30年の歴史の中で、単純計算でも2万人を有に超えるJリーガーはいたが、弁護士資格を持つのは八十だけだ。セカンドキャリアに苦しむ元サッカー選手が多くを占めるなか、八十の異色ともいえる経歴に関心を持ったーー。

同級生は商社や銀行に就職「Jリーグって何だ?」

 八十は大阪の進学校・茨木高校から1年の浪人を経て、神戸大学・経営学部に進学した。大学2年時にプロ化の動きはあったが、自身とは無縁なものだと感じていた。転機は現デンソーカップでの活躍を見初められ、ガンバから練習参加の打診が届いたことだった。

「大学4年生になって、周囲はみんな有名商社や銀行、役所などに就職が決まっていく。ゼミの先生にも『八十君、君の進路はどうするんだ』と聞かれても、とてもじゃないけど『Jリーガーになります』とは言える空気じゃなかった。それで秋口に正式にオファーが届いて報告にいっても、『Jリーグって何だ?』という(笑)。まだそういう時代だったんです」

 なお、八十の同期には浦和レッズで活躍し、現在はテクニカルダイレクターを務める西野努(52歳)がいる。Jリーグの歴史の中で、神戸大学出身のJリーガーは八十と西野の2人だけだ。

【次ページ】 J開幕で環境が一変「みんなやんちゃでした」

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