酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
オオタニサン21歳が“台湾で出場せずとも大フィーバー”を起こした日…通算防御率0.00、打者成績は?〈大谷翔平の侍ジャパン史〉
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byNanae Suzuki
posted2023/03/04 11:02
ついに侍ジャパンに合流した大谷翔平。これまでの日本代表でのプレーはどんな感じだった?
この年の同じ11月には台湾で、第1回21U野球ワールドカップが行われ、大谷と同学年、同期の鈴木誠也が選出され、首位打者になっているが、大谷は選ばれていない。
翌2015年におこなわれた第1回プレミア12では、当時21歳の大谷は背番号16をつけて出場。札幌ドームで行われた韓国との開幕戦で大谷は先発して6回を91球、被安打2、10奪三振を奪い零封。勝利投手となっている。この試合でも打席には立っていない。
台湾でも大谷が姿を現すとファンが集結していた
次の試合からは、日本は台湾に舞台を移し、台北市の天母野球場、桃園市の桃園国際野球場で戦った。大谷はチームには同行したものの、投手としても打者としても試合に出場せず。筆者は台湾ラウンドを観戦したが、すでにスポーツ用品店の店先に大谷翔平の大きなポスターが掲げられるなど人気はすさまじく、試合前に大谷翔平がグラウンドに姿を現すと、ファンが雪崩を打つように集まっていた。
大谷翔平は11月19日、東京ドームで行われた韓国との準決勝で再び先発した。7回85球を投げ1被安打1死球、自責点0と、再び韓国打線を寄せ付けなかった。味方は4回にソフトバンク中村晃、中日の平田良介の連打を足掛かりに3点を先取。大谷は勝利投手の権利を得て降板したが、後続の則本昂大、松井裕樹の楽天組が最終回に4点を奪われ、韓国に初代王座を奪われた。なお大谷はこの大会のベストナインに選ばれている。
17年WBCも当初は出場を表明していたが
2017年の第4回WBCでは大谷は当初、出場を表明していた。背番号は引き続き「16」だったが、2月に入って右足首の負傷で出場を辞退した。そしてこの年のオフに、ポスティングシステムによるMLB移籍を表明、ロサンゼルス・エンゼルスに入団が決まった。
2019年の第2回プレミア12は、MLBが選手を送らないことが決まっていたため選出されず。2021年の東京オリンピック野球競技もMLB選手は出場しないために、大谷翔平も選ばれることはなかった。
プロ入り後の侍ジャパンでの成績を改めて示すと以下のようになる。
〈2014年日米野球〉
第1戦
1回12球0被安打0与四球0奪三振、失点0自責点0
第5戦
4回68球6被安打2与四球1与死球7奪三振、失点2自責点0●
〈2015年プレミア12〉
1次ラウンド 韓国戦
6回91球2被安打2与四球10奪三振、失点0自責点0〇
準決勝 韓国戦
7回85球1被安打1与死球11奪三振、失点0自責点0