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「殺されても行く」アントニオ猪木と北朝鮮を訪問、家族は「遺言書を書いて」…猪木に魅せられたパティシエの夢物語と“傑作チーズケーキ”
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2023/02/20 11:02
アントニオ猪木が愛した『デリチュース』のチーズケーキ。その断面図は美しく、口にすると思わず顔がほころぶ逸品だ
2012年4月、金日成の生誕100周年の時だった。
「いざ、現地に行ったらVIP扱いで猪木さんの隣に座らされました。みなさん思ったよりも優しくて、街がきれいでした。若い人たちが背筋をピンと伸ばしていて、その姿勢が印象的でしたね。出かけるときはカバンを部屋に置いていくように言われました。会場には金属探知機がありましたが、軍事パレードの式典にも入って、(2013年に処刑された)張成沢さんに会いました」
長岡さんは猪木に誘われて定期的に旅に出ていた。1月にパラオ、6月にオーストリアのバドガシュタインというスケジュールで、約10年間続いた。バドガシュタインはザルツブルク近くの温泉保養地だ。医師もいて、天然ラジウムでの放射線治療を行っている。
「パラオでは2人っきり、テーブルでぼーっとしている。たまにしゃべります。プロレスの話はしませんね。カエルがいたら、『あ、カエル』とか、そんな感じです。ボクの手はリウマチで曲がっているんですが、『じゃあ、パワーを移してやろう』って。ウィスキーとかワインの味を変えるというのもよくやっていましたねえ。猪木さんとの最後の旅もパラオでした」
気づけば、猪木との関係は非常に濃密なものになっていた。
「奥さんが亡くなった朝も、一番先に伺いました。2、3日前に『厳しいかもしれない』と電話があったので……」
猪木が愛したチーズケーキはいかにして生まれたか
長岡さんは言う。
「ボクは金儲けのためにお菓子を作っているわけではないんです。ただただ、おいしいものを食べてもらいたい。ビジネスマンとしては失格ですね(笑)。イタリア人と仕事をしていて、『おいしい』をイタリア語でどう書くの、と聞いたんです。それが店の名前の由来です」
「おいしいに想いをこめて」が『デリチュース』の信条だ。
おいしいチーズケーキを作るために長岡さんはチーズにこだわった。原料として使用している白カビチーズのブリー・ド・モーは「チーズの王様」と呼ばれる。
「ブリー・ド・モーを作っているところはいくつもあるんですが、フランスから航空便でチーズを取り寄せて、何度もテストを重ねてルゼール社のブリー・ド・モーに決めました。15年ほど前、現地に行って交渉したら、社長さんが自ら現場で働いていました。同社のチーズは毎年のようにコンテストで優勝しています」