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元DeNA倉本寿彦の告白…“1つのエラーで急増した”バッシングに「心が痛まなかったわけじゃない」あの“セカンド転向”に何を思ったか 

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日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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posted2023/02/21 11:02

元DeNA倉本寿彦の告白…“1つのエラーで急増した”バッシングに「心が痛まなかったわけじゃない」あの“セカンド転向”に何を思ったか<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

昨年、横浜DeNAベイスターズから戦力外通告を受けた倉本寿彦、32歳。在籍8年間をNumberWebの取材で振り返ってもらった

17年は“ショートで”フル出場

 16年、打撃が好調だった倉本は、遊撃手のレギュラーとして3割に迫る打率をマーク。球団史上初のCS進出に大きく貢献する。翌17年も開幕からスタメンで起用されたが、いきなり深刻なスランプに陥った。打つ手がなく迎えた4月14日、転機が訪れる。

「(スタメン表の)6番にも7番にも名前がなかったので、『今日は出られないか……』と思ったんです。先発(投手)は誰だろうと思って9番のところを見たら、そこに自分の名前があった」

 次戦以降しばらくは6番または7番に戻されたが、5月4日からシーズン最終戦まで9番打者として起用され続けた。

 この手法には賛否両論があったが、結果的には奏功した。打順が下がったことで倉本はいくぶん気楽になれたし、最初の打席を迎えるまでに相手投手の球を観察する時間が増えたのもメリットだった。それら以上に効果的だったのは、指揮官のメッセージが明確に伝わったことだ。倉本は言う。

「監督は自分を外す気がない、ということが分かったので。がんばらなきゃいけないなって」

 揺らがぬ信頼はパフォーマンスに安定をもたらし、やがて、9番の出塁から上位打線へとつなげる攻撃は、この年の一つの型となる。倉本自身もキャリアハイの50打点をたたき出した。終わってみれば、CSと日本シリーズを含め、全156試合フルイニング出場を果たしていた。

18年、セカンド転向。当時の取材で…

 そうして踏み固めたかに思えた足場は、しかし、早くも揺れ始める。18年の春季キャンプが始まると、二塁手としての練習もするように命じられたのだ。阪神で遊撃手を務めていた大和がFA移籍してきたことに伴う措置だった。

 そのキャンプが後半に差し掛かるころ、筆者は倉本にインタビューする機会を得ていた。当時の文字起こしをあらためて読み返して驚く。言葉がとげとげしいのだ。

【次ページ】 守備を揶揄する声に「やっぱり人間なので…」

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