酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
〈あのドラフト目玉は今〉「今みたいにSNSがあったら、誹謗中傷の嵐では」一場靖弘40歳が語る“一場事件”の痛み「球場でヤジられると…」
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byJIJI PRESS
posted2023/01/07 11:01
楽天に入団が決まった際の一場靖弘。ドラフトの経緯によって大きく野球人生が変わった
「“30勝は余裕で行ける”と言われたんですが、4年の秋に故障をして届かなかった。速球だけじゃなく、カーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボール、全部勝負球でした」
東京六大学屈指の投手になった一場は、当然のことながら、ドラフト注目の的となる。12球団のスカウトが接触を試みた。
信用していた人が信用できなくなった「一場事件」
そんなさなかの2004年8月、読売ジャイアンツが一場に「栄養費」の名目で現金を渡していたことを公表。渡辺恒雄オーナー、会長、社長、球団代表が引責辞任する事態となる。さらに横浜ベイスターズと阪神タイガースも一場に金銭を渡していたと発表、両球団のオーナーも辞職した。
世に言う「一場事件」である。
一場靖弘だけが、こうした待遇を受けていたのではなく、この時期までのドラフト有望選手に対し、球団は大なり小なり同様のアプローチをしていた。しかし、たまたま一場のときに世間が注目するところとなり、当時のNPB球団とアマ球界の癒着が暴かれてしまったのだ。
「かれこれ18年経ちます。時効かなとも思いますが、当時のことは言いたくありません。事件が明るみに出たとき、僕は台湾で行われていた第2回世界大学野球選手権大会に日本代表として遠征していたのですが、決勝の前日に電話がかかってきて『ちょっと帰ったらまずいことになるかもしれない』と言われました。
どうしてそうなったのか? 僕が誰かに言いふらしたわけじゃないし、その当時メディアが僕の近辺を張っていたかどうかも知りません」
一場はこの年のドラフトの目玉だったが、この事件で各球団は一斉に手を引いた。
「“日本で野球やれるのかな?”“このまま終わってしまうのかな?”という思いでいっぱいでしたが、ちょうど翌年からリーグに参入する楽天球団が指名してくださった。日本球団に入ったのは良かったと言えるかもしれませんが、信用していた人が信用できなくなって、若干人間不信になりました。
世間のバッシングがすごくて、精神的にかなり落ち込んで。この状態でプロに入って大丈夫かな、と。今思えば、22歳でとてつもない精神的な負担を背負い込んだんですね。でも昔だからまだよかった。今みたいにSNSがあったら、誹謗中傷の嵐で僕、死んでますよ」
ここまで話を聞いて、筆者にはかける言葉が見つからなかった。
実はMLBからも声がかかったんです。でも
「実はMLBからも声がかかったんです。今思えば行った方がよかったかもしれないけど、逃げになってしまうかなと思ったんです。
それまでの僕は、どちらかと言うと気持ち的にイケイケで投げる投手で、スピードが出たら『調子いいぞ!』ってバロメーターにするようなタイプでした。でも、プロへの入り方が悪かったので、やめるまでずっと重いものを引きずったままでした。
自分がいいときでも、素直に喜んでいいのか、常に周りがどう思っているかが気になりました。球場でヤジられたりすると、表向きは明るく振舞ってはいましたが、内心、めちゃくちゃ落ち込むんです。だからバッターと対戦していても集中できなかった」
楽天入団1年目の開幕は二軍で迎える。