アスリート万事塞翁が馬BACK NUMBER
「ヒロユキ、中学のわりには強いのお」不屈のボクサー・坂本博之の生き方を決定づけた“最初で最後の腕相撲”「俺の本当のオヤジだ…」
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph byNumber Web
posted2022/12/16 17:02
自身が会長を務めるSRSボクシングジムの前で。坂本博之にとって忘れがたい「最初の1敗」は、父との腕相撲で味わったものだった
親たちに伝えたい“当たり前ではない幸せ”
子どもたちへ手を差し伸べたいという思いがわくのは、自身の生い立ちだけが理由ではない。2002年に長女が死産。2004年6月に仮死状態で生まれた長男は、生後30時間で息を引き取った。
「親には、子どもが生まれたことを当たり前でなく、幸せだと思ってほしい。折に触れて、生まれたばかりの子どもを抱いた時のことを思い出してほしい。そうすれば、自分の感情で子どもを叩いたりしないはず。叩かれた子は、安心して過ごせるはずの家庭が安心じゃなくなるんですよ。子どもたちを他の子と比較せず、一人ひとりの目線に合わせて話を聞いてあげてほしい。そうやって、大人が安心・安全な居場所を作ってあげないといけない」
厚生労働省が公表している児童虐待の相談件数が過去最多を記録する中、坂本は大人たちを相手に講演をすることもある。また、東京都内の通称「山谷地区」の日雇い労働者が集まる施設を訪れ、身内とも疎遠になってしまった人たちへの支援活動を通じて学びを得ているという。
一方で子どもたちに対しては、飢えに苦しみ、虐待を受けた自らの生い立ちを踏まえて、こう語りかける。
「自分がされて嫌なことはしない。そうすれば、いじめや虐待の負の連鎖も止まる。自分がうれしいと思うことを、他の人にもできる大人になれる。だから、諦めずにやっていこう」
坂本は現役時代に、児童養護施設を支援する「こころの青空基金」を設立。引退後はボクシングジムを立ち上げた。後進を指導するほか、施設育ちの子どもにも門戸を開き、若者たちの才能開花を支える役割を担っている。
「寒空の下に暖炉があればみんな集まるじゃないですか。そんな暖かい場所にしたい」
ジムの名前のSRSはスカイハイ・リングスの略で「天まで届くほどの、人々の心の輪」という意味が込められている。