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「あの場面であのショットを打つことが理解できない」“皇帝”フェデラーは11年前ジョコビッチとの一戦で何に憤っていたのか? 

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内田暁

内田暁Akatsuki Uchida

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photograph byGetty Images

posted2022/09/22 17:01

「あの場面であのショットを打つことが理解できない」“皇帝”フェデラーは11年前ジョコビッチとの一戦で何に憤っていたのか?<Number Web> photograph by Getty Images

9月23日から行われるレーバーカップでの引退を表明したフェデラー。“皇帝”と呼ばれ絶大な強さを誇ったフェデラーが失望をあらわにした試合があった…

サプライズがあまりに大きいと、脳が…

 優れたアスリートと常人を隔てる決定的な能力の一つに、潜在的な予測能力……すなわち、未来の出来事を無意識的に察知する力がある。テニスプレーヤーが時速200kmのサーブを返す時、あるいは激しいストローク戦を交わす時も、彼らは打球を見てから反応しているのではない。

 これまでに練習や実戦で蓄積してきた膨大なデータと現状をリアルタイムで照らし合わせ、未来を予測しながら、現実に先んじて無自覚的に肉体を動かしている。まさに、身体が勝手に反応しているのだ。

 この予測モデルは、習熟したアスリートほど精巧で強固である。しかし、だからこそ予測モデルにない事態が起こることは「天変地異」だと柏野氏は言う。

「予測モデルが優れている人ほど、『次は確実にこういうことが起きる』という確信が強いので、そうでないことが起きるのはとてつもない一大事です。サプライズが起こると脳幹の青斑核(せいはんかく)からノルアドレナリンが分泌され、脳のほぼ全域が活性化されます。この青斑核-ノルアドレナリン系は、本来なら覚醒レベルや情報選択、記憶や学習、姿勢など様々な機能を調節する。でもサプライズがあまりに大きいと、脳が『緊急モード』に入って、それまでとは全くの別物になってしまうんです」

自分の意識では止められない負のサイクル

 脳がこの状態に陥ると、それまで無意識下で動いていたプログラムが解体され、意識の世界へと引きずり降ろされてしまう。通常なら無自覚で行えていた予測や、ストロークを打つなどの基本的な動きも、途端にぎごちなくなる。そして重要なのは、「一度そのような負のサイクルが動き始めたら自分の意識では止められない」ことだ。

「あるサプライズが起きて、何かが意識化されてスムースにいかなくなると、今度はそのこと自体が新たなサプライズとなってエラーを引き起こす。意識による解析は遅いので、状況のモニターもそれまでより遅れてしまう。その時に何が起きるかというと過剰な修正です。少し低めにボールが行った、ならばそれを上に修正しようとなった時、意識的に修正すると往々にしてやりすぎてしまうんです」

 柏野氏は脳内のプログラム誤作動のプロセスをそのように解説した。

【次ページ】 「あのショット」を認める訳にはいかなかった

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