「私が東京五輪で3種目に挑戦した時、皆、私のことをクレイジーだって言ったけど、クレイジーだっていいじゃない。その方が楽しい。彼女も私と一緒だね」

　本人の知らない間に、田中はハッサンの『チーム・クレイジー』のメンバー入りである。

「彼女が頑張ったら、私もまた3種目に挑戦しようかな」

　目をキラキラさせてそう話すので、「田中は800m、1500m、5000mだよ」と茶化すと、ハッサンは「800mもいいね！」と笑い、最後に「私が言ったこと、ちゃんと彼女に伝えてね！」と念を押してきた。

　伝えてね、と言われても…と思ったが、知り合いを通じて言付けを頼んだところ、800mのレース前に無事に田中にも伝わったようだ。

自身５レース目となった5000m決勝のスタート前に笑顔を見せる田中希実 ©︎AFLO

決勝後にハッサンに田中の話題をふると…

　5000m決勝、ハッサンはラスト400mで絶好のポジションにいたが、練習不足のせいかスパートにキレがなく、3位に0秒76及ばない14分48秒12で6位だった。

　田中は3000mすぎから遅れ、15分19秒35の12位でレースを終えた。

　レース後に田中がハッサンに歩み寄ると、ハッサンは田中の頭をポンと撫でて、彼女の健闘を称えた。田中の存在をきちんと認識していた。

5000m決勝のレース後、ハッサン（右）に歩みより声をかけた田中希実 ©︎AFLO

　メダルを逃したもののハッサンはさばさばした表情だった。

「十分な練習をしていないから、仕方ないと思う。私はスーパーマンじゃないから、しっかり練習しないとやっぱりスパートでは勝てないよね」

　レースの感想を聞いた後、ハッサンに田中が泣いていたことを伝えると、驚いた表情を見せた。

「入賞できなかったかもしれないけど、でもそれ以上のことを成し遂げたはず。彼女は一所懸命に練習していたに決まってる。だって毎日レースに出る選手なんてほとんどいないでしょ。今回は何レース走ったの？　5レース？　私は彼女に『よく頑張った！』って言いたい。誰もやってないことをやったんだよ。誇りに思ってほしい。彼女がしたことは本当に特別なこと。全員ができることじゃないからね。あなたのことを誇りに思うって伝えてあげたい」

　そして自身が3種目に挑戦した理由について続けた。

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