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引退・田中刑事(27)が描く指導者・プロスケーターとしての今後とは? “シャイで真面目な好青年”が明かす「フィギュアスケートへの思い」
posted2022/06/13 06:00
text by
野口美惠Yoshie Noguchi
photograph by
Kiichi Matsumoto
田中刑事が2つの夢を掲げ、新たなスタートを切った。27歳で20年の競技生活からの引退を決意し、4月末の会見でこう語った。
「新たな目標の1つは指導者になること。もう1つの夢はプロスケーターになることです。両立は難しいと覚悟していますが、自分の思いを体現できるよう努力していきます」
名は体を表すとばかりに、刑事の名を背負い「人一倍、悪さはできないという実感があります」という真面目な好青年。スケートも、基礎を大切にした癖のないジャンプとごまかしのないエッジワークが魅力という正統派だ。
綺麗好きで、平昌五輪代表が決定した'17年全日本選手権終了後の夜も、お祝いもせずに朝までホテルの部屋で片付けをしていた。口数は少なく、休みは家にこもって「誰とも喋らない日もある」というインドア派。地元倉敷のスケート場が存続の危機に陥り、署名活動をした時は「人前に立って声を出すのが恥ずかしかった。普段は本当に地味で、感情を出さないので」というシャイな性格だ。
「氷上では表現したいものが素直に出せる」
しかし単なる内気な青年ではない。サブカルチャー好きの彼は、エキシビションでは「ジョジョの奇妙な冒険」の東方仗助に扮し、昨季のショートは「シン・エヴァンゲリオン劇場版」で感情を爆発させた。
氷上では別人になれるのかと尋ねると、そうではないと言う。
「表現をする上で性格を変えたいとか別人になりたいとかは思いません。普段おとなしいぶん、氷上では表現したいものが素直に出せるんです。でも『ジョジョ』の時も弾けたのは本番だけで、練習では笑顔や表情を作るのは無理です」
彼にとって、ほんの一瞬、内なる自分に出会えるのが「本番」なのだ。
引退会見では「コーチとして、選手の成長にとって必要なことは何かを考え真摯に向き合っていきたい」と話す一方で、「多くのプログラムに出会い、新たな自分を発見する楽しさを覚え、演じ続けたいと思うようになりました」と話した。
生徒のために真摯に生きる自分だけでなく、内なるマグマを爆発させたい自分。2人分の生き方を両立させることが、彼の真のアイデンティティになる。表現者としての自分を覚醒させようとする彼の新たな門出を、心から応援したい。