ボクシングPRESSBACK NUMBER
「彼は、本気で自分を殺しに来ている」19歳だった井上尚弥の殺気…“井上を最も苦しめた男”が語るあの敗戦「3週間頭痛が止まらなかった」
text by
林壮一Soichi Hayashi Sr.
photograph byAFLO
posted2022/06/06 17:02
2013年8月25日、日本ライトフライ級タイトルマッチ。田口は初防衛戦の相手に井上尚弥(当時20歳)を指名。じつはこの1年以上前に、2人は“初対決”していた
「井上くんは、間髪を入れずに攻撃してきます。息もつかせてくれない。『彼は、本気で自分を殺しに来ているな』と感じました。相手にほんの少しの隙も与えないんです。それを徹底していましたね。こういう男が上に行くのか……と、絶望的な気持ちになりましたよ。スパーを終えてリングを降り、悔しくて泣きました。
あんなにおびただしい数のギャラリーの前でスパーをやったことも無かったですし、仮にも自分は日本チャンピオンとドローで、日本1位で、それなりに地力はあるじゃないですか。それでも、一方的なパフォーマンスをされてしまったので、自信を粉々にされました。ショックでしたね。“もう、上には行けないんじゃないか”とさえ感じました。自分が拳を交えたなかでは、間違いなく一番強かったです。あの頃、スパーでも試合でもダウンの経験は無かったんですよ」
「井上に勝てば世界戦をやらせてやる」
井上の実力に脱帽する反面、反骨心も湧き上がってきた。
「ただ、そのスパーって、コンディションがあんまりいい時期じゃなかったんです。ちゃんと練習して、いい状態で臨めば、勝負にはなるとも感じました。確かに井上くんに対する怖さもありましたが、『これじゃ終われない』と思いましたね。
どうやればうまく戦えるかではなく、黒田くんとの試合が終わったばかりで、自分自身が動けなかったので、もっとコンディションが良かったらと考えました。スピードに乗ったコンビネーションを打てていたら、もっとやれた筈だ。パワーや、更なるスタミナも身に付けなければとも感じました。会長に『井上に勝てば世界戦をやらせてやる』と言われましたし、当時から井上くんは、自分よりもずっと知名度がありました。TBSがデビュー戦を放送するなんて異例じゃないですか。その彼に勝てば、世界が見えてくる。これはチャンスだと感じたんです」
井上に勝つには、日々の練習をより密度の濃いものにしていこう。シャドウボクシングでもサンドバッグでも、1発でも多くパンチを出そう。常に考えてボクシングをしよう。ロードワークでも、より負荷をかけようと、田口は自身を追い込んでいく。
「3週間くらい、頭痛が止まりませんでした」
そして、2013年4月に日本ライトフライ級タイトルを手にした田口は、初防衛戦の相手として同年8月に井上を迎える。