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“最強のダービー2着馬”は? 成績は58戦5勝、それでも愛されたあの馬も「最強に“幸せな”2着馬かもね」《今年はイクイノックス》 

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石田敏徳

石田敏徳Toshinori Ishida

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photograph bySankei Shinbun

posted2022/05/30 06:02

“最強のダービー2着馬”は? 成績は58戦5勝、それでも愛されたあの馬も「最強に“幸せな”2着馬かもね」《今年はイクイノックス》<Number Web> photograph by Sankei Shinbun

2008年日本ダービー。先頭を走るスマイルジャックはディープスカイに差され2着となったが、記憶に残る一頭だ

生涯成績は58戦5勝…それでも愛された

 これが文字通りの掘り出し物だった。新潟のテレビ番組で馬名を公募されて2歳9月に新潟でデビュー。初陣を勝利で飾った後は惜敗の足踏みを重ねたものの、3歳3月のスプリングSで重賞初制覇を果たし、春の大舞台へ駒を進める。そして迎えたダービー。4番人気に支持された皐月賞で9着に終わったため、周囲の評価は急落(12番人気)していたが、直線半ば、好位追走から先頭へ抜け出して“そのまま押し切るか”の場面をつくった。

「ディープスカイが凄い脚で追い込んできたのが見えていたから、ゴールの瞬間も冷静でしたよ。だけどあのとき、もし勝っていれば間違いなく調教師は辞めていたね。ずっと楽しく仕事をしてきてダービーまで勝たせてもらったら、もう思い残すことはなかったから」

 決して誇張ではなく、彼は本当に新たな別の道へ踏み出していただろう。“投網漁法の調教師”にとってもダービーはそれぐらい、重たい、特別なタイトルなのだ。

 その後も関屋記念、東京新聞杯と重賞を2勝。安田記念でも2度の3着を記録したスマイルジャックだが、GIのタイトルにはついに手が届かなかった。ダートに活路を求めて移籍した地方競馬(川崎)でも結果は出せず、9歳の秋に引退、種牡馬入りが決まる。すると川崎競馬場はファンとのお別れセレモニーを開催してくれた。通算成績は地方競馬も含めて58戦5勝、ダービーの2着が“金看板”の馬としては、極めて異例の引退式が実現した。

「最強に幸せなダービー2着馬」

 しかし生産界の現実は厳しく、初年度の種付け頭数は4頭(受胎馬は2頭)だけ。2年目は開店休業状態が続き、種牡馬生活には早々に見切りをつけることが決まった。その後はノーザンファーム、ノーザンファーム天栄で訓練を受けて乗馬に転身。現在は「咲風(えみかぜ)」と改名し、小桧山の母校・東京農工大学の馬術部で活躍している。異例の引退式を開催してもらい、14歳になった今も学生たちに大切に扱われながら、現役で働いているスマイルジャック。こんなに幸せなダービー2着馬がいるだろうか。

「半分は自己満足だけど、ある意味、最強に幸せなダービー2着馬かもしれないね」

 齊藤から馬を引き取り、縁をたどって乗馬転身の道筋をつけた調教師は笑う。

 そう、「幸せ」と同様に「最強の尺度」も十人十色。だから「最強のダービー2着馬は?」という問いに正解は存在しない。いや、「無数の正解が存在する」というのが私のたどり着いた結論だ。ダービーを見てきた人々の心の中で、その人だけの最強の2着馬が今も、勝利のゴールを目指して走り続けている。

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