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もし試合を休んでいたら…プロ野球初の4割打者だったクロマティ「来年は絶対に日本なんか行くものか」それでも再び巨人に帰ってきた真相 

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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photograph byBUNGEISHUNJU

posted2022/05/20 11:02

もし試合を休んでいたら…プロ野球初の4割打者だったクロマティ「来年は絶対に日本なんか行くものか」それでも再び巨人に帰ってきた真相<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

ウォーレン・クロマティ。1984年~90年、巨人に在籍。NPB通算打率.321、951安打、171本塁打、558打点。“巨人史上最強の助っ人”と言われる

 8月に入ると、再び調子を上げ、9日には4割復帰。8月20日のチーム97試合目まで打率4割台を維持したが、これは64年の広瀬叔功の89試合を抜き、日本球界最長記録となった。

 なお年間規定打席(403)には達していたため、計算上ではこの後の試合を休めばプロ野球初の4割打者が誕生していたことになる。

「気が付けば日本のことも好きになっていた」

 最終的に球団史上最高の打率・378で首位打者を獲得。自身初のMVPにも輝き、巨人も8年ぶりの日本一に。藤田監督は優勝会見の席上で、「一番頑張ってくれた人」と名指しで背番号49に感謝の言葉を贈ったほどだ。まさに野球人生の集大成とも言える完璧なシーズン。引退する中畑清がチームメートに「クロウに来年帰って来て欲しいやつは、手を挙げろ」と聞けば、全員が挙手したという。さあこれからどうする? クロマティの著書『さらばサムライ野球』(講談社文庫)の中で、こんな描写がある。

 離婚したばかりのオフ、マイアミの新居でテレビを見ていたら、見慣れた東京の街並が映し出され、ホームシックに近い妙な気分に襲われたという。もう来年は絶対に日本になんか行くものかと思っていたはずなのに、すぐにでも飛行機に乗って東京に戻りたくなったのだ。なんてこった、あの街が肌にしみついちまった。音楽はもちろん好きだ。けど、気が付けば日本のことも好きになっていた。そして、クロウはまた戻ってくる。

 90年シーズン、年俸2億8000万円にまで到達するが、37歳のクロマティは打率.293、14本塁打、55打点という来日以来最低の成績に終わり、長い旅は終わりを告げた。なおラストゲームの4連敗を喫した西武との日本シリーズ第4戦は、珍しく「一番・中堅」で先発出場している。

 NPB通算打率.321、951安打、171本塁打、558打点。3年稼いで野球をやめるはずが、結局7年間を東京で過ごした男は、間違いなくG党から最も愛された“巨人軍史上最強助っ人”だった。

<前編から続く>

ホーナー、バース、ブライアントからペタジーニ、ラミレスまで……懐かしの助っ人外国人を独断と偏見で50人選出。彼らの野球人生を描いた『プロ野球 助っ人ベストヒット50』(ベースボール・マガジン社)。(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
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“巨人史上最強の助っ人”がアゴに右ストレートで大乱闘…毎年言ってた「今シーズンで引退する」クロマティはなぜ球界の人気選手になった?

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