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貴公子レオナルドや“お祈りポーズ”のビスマルクは何位?「あなたが選ぶ90年代Jリーグ最強の助っ人外国人」6~10位発表《500人アンケート》
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph bySports Graphic Number
posted2022/05/16 17:01
ブラジル代表の主力選手でもあった貴公子レオナルドと、得点後の“お祈りポーズ”で一世を風靡したビスマルク
9位タイ ディアス(FW) 12票
Jリーグ初代得点王(32試合28得点)のディアスが、リトバルスキーと並ぶ12票を獲得して9位にランクインしました。アルゼンチン代表ではあのマラドーナとも共にプレーし、リーベル・プレート、フィオレンティーナ、インテル、モナコと各国の強豪クラブで点取り屋として活躍した名選手です。
1993年、横浜マリノスに加入したディアスは、ヴェルディ川崎との記念すべきJリーグ開幕戦で決勝ゴールをマーク。その後も得意の左足でゴールを積み重ね、日本のサッカーファンに世界レベルの決定力を見せつけました。
「Jリーグ初代得点王!」(52歳・男性)
「ストライカーとして全てが圧倒的だった」(38歳・男性)
「ゴール裏で華麗なゴールを見ていました。すごい紳士で、スーツ姿も態度もそれまでのサッカー選手のイメージと違っていてかっこよかったです」(50歳・女性)
「Jリーグ開幕戦での決勝ゴールが印象的だった。その後もゴールを量産、『助っ人とはこういうもの!』という理想像を作り上げたと思います」(41歳・男性)
8位 ブッフバルト(DF) 17票
Jリーグ開幕当初、3期連続で最下位となり「お荷物クラブ」と揶揄された浦和レッズ。そんな浦和にプロフェッショナリズムを叩き込んだのが、8位にランクインした“闘将”ブッフバルトです。
マラドーナを完封して西ドイツをW杯優勝に導いたディフェンス能力の高さはもちろんのこと、闘志あふれるプレーでチームを牽引。低迷していた浦和を上位へ押し上げる獅子奮迅の活躍で、誰よりもサポーターに愛される存在となりました。
のちに浦和の監督に就任したブッフバルトは、同クラブをJリーグ初優勝へ導く手腕を発揮。いまも浦和サポーターからリスペクトを集めるクラブの“レジェンド”です。
「当時、世界で一番弱かった浦和に“プロのサッカー”を惜しみなく注入し、その姿を多くの関係者と共有できたこと。また、後年監督として浦和に戻り、大きなタイトル奪取をしたこと。あのチームの監督がギドであることが誇らしいです」(54歳・男性)
「プレーはもちろん白馬にまたがる姿も忘れられません!」(36歳・女性)
「スライディングタックルの深さに驚きました」(49歳・男性)
「浦和を初期の低迷期から脱却させた一番の功労者、のちに監督としてリーグ初制覇をもたらした、浦和を語る上で外すことのできない人」(51歳・男性)