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11年前、なぜ甲府だけが伊東純也の才能に気づけたのか? 中田英寿も獲得したスカウトが語る「無名の神奈川大1年のスピードにビックリした」
posted2022/04/20 12:10
text by
栗原正夫Masao Kurihara
photograph by
J.LEAGUE
小中高と全国大会を一度も経験せず、「家が近いから」と地元の公立高、大学のサッカー部で汗を流してきた。父親、サッカー部関係者、Jリーグスカウトの証言をもとに描く“伊東純也が救世主になるまで”(全3回の3回目/#1、#2へ)。
2010年からヴァンフォーレ甲府のスカウトを務める森淳にも、伊東純也が神奈川大1年時(2011年)に関東大学リーグに初出場した“あの”流通経済大戦のプレーは強烈に刻まれている。
「何しろ残り30分くらいで足の速い選手が出てきた途端に、強豪の流経を相手に流れが完全に神奈川大にいったわけですから。それも、メンバー表を見たら1年生。得点の流れなどは昔のことで忘れましたが、たった1人の交代選手の登場で試合の形勢が一気に逆転したことに驚いたのははっきりと覚えています」
森はさっそくそのルーキーについて調べると、逗葉高出身の伊東だとわかった。
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神奈川県出身の森は甲府でスカウトを務めるいまもベースは神奈川に置いている。前年に逗葉高にスピードのある選手がいるという噂は聞いていたものの、それが伊東だと気づいたのは試合後のことだった。
あの日、スカウトは1人だけだった
森は当時、神奈川大の4年だった佐々木翔(12年甲府加入。現広島)の獲得に向けて試合を見に訪れていた。しかし、その現場に他のスカウトは誰一人としていなかった。
「失礼な言い方になりますが、神奈川大は当時1部と2部を行ったり来たりで、大きなクラブはやっぱり強豪校や代表歴のある有名選手の視察を優先するのでしょう。予算規模の小さい甲府は鳴り物入りでプロ入りするような選手を他クラブと競り合って獲得するのは難しく、どちらかといえば将来性を感じる隠れた逸材を探すようなところがありました。それで佐々木に目をつけていたところ、伊東まで出てきてくれたわけです。そういう状況で、私のほかに神奈川大を追いかけているスカウトがいなかったのはラッキーだったかもしれません。もし伊東が強豪校にいたら、他のJ1のクラブに持っていかれていたと思います」
出会いは偶然だった。ただ、森は伊東のあまりのインパクトに夢中になり、以降、何度も試合に足を運び、ときには練習場にも顔を出すなどしてプレーをチェックし、3年時の冬の練習招待を経て、獲得に至っている。
9年前のクリスマスイブに「オレ、何でもできます」
最終的には甲府のほかに、山形も伊東の獲得に名乗りを上げたが、すでに先輩の佐々木が甲府入りしていたことに加え、森が熱心に視察を続けていたことで交渉はスムーズに進んだ。