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朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で「取手二高」が話題に…38年前、高2の桑田&清原が敗れた甲子園決勝「取手二高vsPL学園」どんな試合だった?
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byAFLO
posted2022/03/01 18:55
桑田、清原を擁し、夏連覇を狙うPL学園(大阪)を決勝で破ったのは取手二高(茨城)だった。38年前の夏の決勝はどんな試合だったのか?
3年生を揉めさせて、練習試合で惨敗させるという戦略。
あえてチーム内に波風を立てる。木内がよく使う戦略だ。木内が休みを与えたのは、県予選前に一度ブレイクを挟むと、甲子園に合わせてピークを持っていくことができるからだ。なにより部員たちを一旦野球から遠ざけることで、野球への情熱を取り戻させようと考えた。野球漬けの毎日に緊張感を失っていたのだ。「補欠は辞めろ」と無茶を言ったのも、もちろん理由がある。レギュラーとの実力差を固定的に受けとりがちだった補欠に自立を促し、選手層を厚くしたかった。
3年生が揉めても、木内は平気だった。キャプテンの吉田剛を信頼していたからだ。親分肌で人望の厚い吉田なら、必ず空中分解したチームをまとめてくれる。木内はそこまで計算していた。
結局、3年生全員が練習に復帰したのはPL戦の直前。調整不足は否めず、惨敗は目に見えていた。木内にしてみれば、夏の本番に向けたデータ集め、そんな意味しかない試合だった。だが、選手たちは桑田のコメントを聞き、奮い立った。メニューをこなすだけになりがちな練習も、競ってするようになった。
甲子園の初戦で強豪・箕島高を破りあっという間に決勝へ。
雨降って、地固まる。
夏の大会に向けて団結した取手二は、順調に県予選を勝ち進んでいく。その頃合いを見計らったかのように、木内は静かになった。普段、口うるさい監督が、選手を大人扱いするようになったのだ。
甲子園の初戦は強豪箕島とぶつかった。3点をリードされた終盤、ベンチに木内の茨城弁が響きわたる。
「このままじゃ、利根川は渡れねえっぺ。せめて1点取るべ。1点取れば、負けても格好つくっぺよ」
3点差の重圧から解放された選手たちは、あれよあれよという間に5点を奪い、逆転してしまった。
「勝ったら海に連れてってやるぞ」
そう約束した木内は試合後、選手たちを須磨海岸に連れて行き、思う存分、遊ばせた。これで勢いにのったやんちゃ坊主たちは、決勝まで駒を進めた。
ワンポイントの投手交代で、生き返っていたエース。
9回裏。一塁側ベンチで木内はライトに下げられた石田だけを見つめていた。
サヨナラの走者を出し、マウンドを降ろされた石田は明らかに塞ぎこんでいた。だが次の瞬間、万歳をして小躍りしだした。PLの鈴木が痛恨の送りバント失敗。その表情を木内は見逃さなかった。すかさず木内は決断する。ピッチャー交代。再びマウンドを石田に任せたのだ。エース失格の烙印を押したわけではなかった。
女房役の中島は二度驚いた。ワンポイントの采配は、それまで一度も経験したことがなかった。そしてなにより、マウンドに戻った石田の表情が、嘘のように晴れ晴れとしていたのだ。
甦った石田は4番清原、5番桑田を打ち取り、勝負は延長戦へともつれ込んだ。
戻ってきた選手に木内が声をかける。
「こんな時期に野球やってるのは、全国で俺らしかいねえんだぞ。早く終わんなくていいから、長くやんだぞ、長くなあ」
勝負を決める中島の3ランが飛び出したのは、その直後のことだった。